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トップハート物語(37)苦闘開業編
10/09/02
「出張理美容」は、順調に依頼が来た。ただ、ボランティアに近い形で、私が案内をするが運転が出来ないので、美容師が私をカーナビ代わりに助手席に乗せて案内させる。当社の実入りは全くない。無償で、案内をして利用者と顔を合わせるだけの時間の浪費だった。美容師の彼は、事業所にパンフレットを撒きに来て知り合ったが、後からインターネットで検索してみると美容の世界では名の知れた人物で、イギリスに留学した後数多くの美容室の運営や経営指導、顧問などをしていた。親が、市会議員を長期にわたり勤めて議会の副議長まで上り詰めた人物だった。彼と知り合って、ボランティアをしたいとの申し出に「訪問理美容」の斡旋を格安でする事になった。その物腰の良さから人気が出て、固定客がついた。当然、道具は持参していたが髭剃りだけは理容師法か環境衛生法の規則に従って断っていた。ケアマネジャーの中に興味を示す方が居て、ファックスでの要望が続いた。その要望に従って、約束時間や料金を守った。それが、近未来というか近い将来に「私」を支えてくれる、現在を形成するチャンスを与えてくれたのだ。
まず、訪問の理美容を何度か同行して、依頼に対応している中についに援助の依頼が来たのだ。H市の大きな総合病院の出先機関として病院とは離れた場所にそれだけが設置されていた居宅介護支援事業所のケアマネジャーから援助依頼が来たのだ。その援助を確実に対応している間に、信頼を頂いて治療を終えた、または通院している利用者を次々と紹介をしてくれた。医療関係なので、その一人当たりの介護保険単価が高額で当社の短期間での発展に大きな影響を与えてくれた。11年経ったいまでもその時の事をよく覚えている。「私」にとって、初めての援助をして請求だったのだ。その請求の仕方が分からずに、コピー用紙にケア時間と内容を書いてケアマネジャー宛てにファックスをしたのだ。そのファックスでいいのだと思っていると、ケアマネジャーから電話で
「早く実績を送って下さい。」
そう言われて、はいと返事したしたはいいが、どうしていいのか分からない。ここで、知らないと知ったら仕事回してくれないと思ってどうしていいのか聞けなかったのだ。近くで、「私」に色々教えてくれた介護施設に併設している管理者が、提供票の予定欄の下に「1」を立てて実績を表わすのだと教えてくれたのだ。この時期、そういった教育指導機関が無くて本当に笑えない真面目な嘘のような話が沢山あるのだ。
もうひとつの収穫は、現在当社を支えている教育や養成に関する切っ掛けを作ったのだ。ある大手事業所の依頼で、遠くにある大きなお屋敷の家に「出張理容」に行った。そこに援助に入っていたヘルパーが「私」とウマがあった。色んな話をしている時に、ヘルパーの確保について悩みを打ち明けた。お金が無く、募集広告も出せずにどうやって集めたらいいのか途方に暮れていた。ハローワークには求人登録した。しかし、求める若い人の応募は無い。
「どうせなら養成してみたいが、どうやっていいのか分からない。」
「それだったら、自分が卒業した専門学校を紹介しますから、募集をしてそこに養成を頼めばいい。」
「募集はうちの名前で出して、受講生の斡旋をして受講料の一定額を受け取る。当社の収入になるし、そういうシステムは受け入れてくれるかな。」
「話してみます。学院長を紹介しますから。」
そういう切っ掛けがあり、後日当社に来た彼がB福祉専門学院の学院長を紹介してくれて、商談は成立。当社は募集のみの養成講座に足を踏み入れたのだ。この事が、後から詳細に述べるが、後日全国を賑わす大問題に発展するのだが、しかし、終息すると同時に反転攻勢の切っ掛けとなるのだ。
このように、何気ないボランティアの一部だったが当社の発展は、このような偶然の中から生まれていたのだ。

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