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- トップハート物語(451)立志伝昇竜編
- 12/01/25
- 2003年(平成15年)7月中旬。早朝、7時スタートしていつもの木曜日の遠路通院介助を行った。本当は、今日は心が落ち着いていなく不安定なので、誰かに変更するように調整を責任者に頼んだ。しかし、無理という事で仕方がなく援助に臨んだ。本当に利用者には申し訳なかった。
90歳になる利用者とは、先月スタートして既に私は5回援助している。いつものようにチャイムを鳴らさず、預かっているカギを使って中に入った。丁度7時20分かと思ったら、見ているテレビで2分前ということを知った。時間だけでなく、きちっとした性格で、それを邪魔しない様にスム-スに行くように配慮しないといけない。
最初から何度か、ケアマネジャーから忠告を受けてもピンと来なかった。何度もしつこいくらい、
「失敗しないで下さい。お宅に頼んだ責任が生まれると困ります。まるで執事のようにお願いします。我慢して下さい。利用者の言うことが間違っていても指摘しないように。逃げ道を残して置いて下さい。」
そんな風に言われていた。そのケアマネジャーから既に2桁を超える援助を頂いている。彼女は社内で、常に上司とギリギリのつばぜり合いをしている。それは当たり前だ。自分の所属している訪問事業所があり当社に、レベルの高い事業所として安心だという事で多くの利用者を紹介頂いている。少しのミスでも、彼女を窮地に追い込む。
少し早かったかな。利用者は、5時に起きて7時まで掛かって通院の準備をしている。だからと言って僅かに早いその時間が問題ではなかったと思うが、いつもと感じが違っていた。テレビを見ている利用者の背後から声を掛けると、やっと気が付き振り返る。ゆっくりと立ち上がり、私はいつものように生ゴミなど持って玄関に出ようと居間に戻る。
「そこから出ないで、こっちから出なさい。」
「こちらからですか。」
「それが、正当な玄関への出方だ。」
台所の横に、ドアがあったのが初めて分った。口調が、何となくきつい。この日に、対応を間違うとケアマネジャーの忠告通りの感情が出る危険性があると、心を引き締めた。
車に乗って、1時間半。到着するまで、ほとんど話をしなかった。いつもなら会話が弾むのに、両者の心の中に何となくバリアがあるようだ。この日の同行はいつもの宏美さんではなく、美智子さんだったが何とも言えない絶妙な語り口で利用者の相手をしてくれた。心が利用者の近くから離れることが出来た。
治療の順番を待っている間美智子さんに利用者を任せて、この大きな病院内を見学がてら、回った。こんなところに喫茶店や食堂があったのかと再発見をした。
利用者の近くに戻ると、直ぐに名前を呼ばれた。いつもより1時間程度早かった。車椅子を押して一緒に診察室に入った。心臓や胸の痛みを訴えていた。危険だから、今日の麻酔治療は中止かな、と思った。しかし、一部の部分を除いて実施になった。
麻酔治療はほぼ1時間掛かる。その間同行の美智子さんを朝食に誘って、あの時の事故第一報のお礼を言った。その事故で、ここ数日気持ちが晴れない。取るに足らない内容が、大きな原因となっている可能性がある。
とにかく、何となく気力を失っている。この事故で自分の晩節を汚したくない。そんな思いが頭の中を占めている。昔の武士のように死に場所を探している。つまり、どの時点で自分が責任を取って汚名を注がれないようにするか。どの時点で事業廃止をするか。
いつもより1時間早く推移している。しかし、病院内の理容室に行きたいと突然希望して、麻酔治療を終えてからまた小1時間過ごした。トータルでいつもと同じ時間に戻った。同行の美智子さんのお陰で、何とか7時間の援助は無事終了した。
通院に向う途中の社員と待ち合わせて、通院介助後銀行へ向った。20日から始る2級ヘルパー研修の申し込みをしているが、そろそろ締め切りで毎日振込みの確認をしている。
教科書が7千円近くするので、受講生の数を読みを間違うと高価な本が在庫となり、少ないと生徒に渡せない。ギリギリまで決めていない申込者が居て、困っている。それでも2教室60名募集の近くまで行く模様だ。
スタート当初は心配していたが、結局満室となりそうだ。今回から、講師が半分は自前となり原価を下げるのに貢献出来そうだ。やっと、この地で私も助手として名を連ねた。ポリテクで特殊科目の非常勤講師をしている私が、この地では経験3年でやっと助手となった。
戻って来て、打ち合わせや書類の整理など、はかどらない仕事にイライラしながら夜の9時頃まで事務所に居た。何人か社員が来て、話し込んでいたが、私の口からは自分でも意識していたが、愚痴ばかりだった。
自宅に電話を入れて、妻にでも苦しい胸の内を聞いて貰おうと電話をした。いつものように、出た男に息子かなと思って、
「オレだ。」
と言った。
しかし、その男は本社のサービス提供責任者だ。自宅と大東本社を無意識に間違ってしまった。昨日、あまりの身だしなみの汚さに活を入れたばかりだった。何しろ、無精髭とだぶだぶのズボン。
「仕事しているのか。そんな格好で仕事をしているのか。」
厳しく言った。
今まで、余り怒らなかったが、責任の無さに活を入れた。私が、面談して採用した。給与は、設立からの社員の4割程度高い月額だった。
新聞記者との戦いは昨日だった。事務所に来て名刺を貰った。私は、代表取締役の名刺は余り使わないが、この時は使った。取材源の秘匿を知っていたが、何故かこの記者は手の内を明かした。事実を証拠として示す事によって、私を追い詰めようとしているのが分かった。
事故の為に不慮の事故で亡くなった利用者の向かい側の家の住民が、知人に話しをした。その知人が何と当社の強力なヘルパーさんで、そのヘルパーさんに連絡をした。そのヘルパーさんが、どうやらその知人に投書をさせたようだ。その時点で、そのヘルパーさんと私の間には大きな溝があった。私を倒すにはチャンス到来だ。
その投書の内容は、憶測でしか無い。取材はケアマネジャーの所属している居宅介護支援事業所、勿論市役所など多岐に亘った。周りを固めて、私の許に来た。普通だったら、新聞記者が来たらビビるだろう。しかし、警察だろうが政治家だろうが、新聞記者だろうが、対応に経験豊富な私は自分の思う一点突破主義で逃げる事はしなかった。
強力な弁護士の名刺を出して、もし憶測で事実と異なった記事になって当社の名前が新聞紙上を賑わしたら名誉棄損と損害賠償の余地が記者として取材した自分に降りかかる事を示唆した。当然の事を言ったまでだ。
何とか私の首を取ろうとする、投書をさせて追い込んだヘルパーさん。自分は悪くないと、管理者からのFAXを証拠だと持って回り役所や居宅介護支援事業所、亡くなった近所に見せて責任回避を図ろうとするヘルパー。私がヘルパー確保を怠ったために起きた事故だと、私を追及する管理者。私を追いこもうと画策をするヘルパーに、止めを刺すように告発に協力するように勧誘されながら、拒んでいる美智子さん。
私は、誰も汚名が残らないように動き終われば、この位置から下りようと思っていた。
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