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- トップハート物語(445)立志伝昇竜編
- 12/01/17
- 2003年(平成15年)7月中旬。朝、目が覚めたのは午前5時頃だった。暑くてクーラーをかけて、再び敷布団だけの寝床に戻った。次は6時に目が覚めた。7時に駐車場で待ち合わせて、通院介助へ向うのにギリギリの時間を計算している。
早く起きて朝食をして行くか、時間まで寝ているか。
結局、朝食は病院で利用者が麻酔治療を受けている間に1時間位の空き時間があるので、その時に食べようと思い、寝過ごさないようにと意識しながら横になっていた。
宏美さんと待ち合わせて、利用者宅へ。90歳の方だが、自立心旺盛で出来るだけ自分で物事を処理しようと頑張っている。何でも、5時に起きて2時間掛かって身支度をするという。
預かっているカギで戸を開けて、部屋に入る。全く気付かずに、籐椅子に座ってテレビを見ている。声を掛けて、ゴミ等の処理をして部屋を出る。ゆったりとした動作で、それに合わせて私も動く。前かがみなど無理なので、靴を履かせる。
1時間半の行程で、利用者が自分で調べて、自分の病状に合った治療を行っているという大阪狭山市にある大学付属病院へ到着。
突然、
「いつもの麻酔科ではなく足が痛いので、整形外科に行きたい。」
と言い出す。
整形外科に行くと予約が必要だと言われた。麻酔科に掛かっているが、利用者が言ったが相手にされず。再診窓口に行くように言われた。利用者本人は
「初診窓口だ。」
という。
再度、私が
「再診窓口ですね」
と言っても初診だと譲らない。
仕方がなく、初診の書類など作成して、手続きを取ったが暫くして窓口から
「前のカルテがあるので再診です。」
と、言われた。
「1年前に掛かっていた。」
と利用者が言う。
それから待つこと、1時間半。レントゲンを撮ることになった。結果は、足の小指の上あたりが骨折した跡があり現在はズレながらも、接合している。2ヶ月前に捻挫と称し、自己診察して病院へは行かなかった。一月だけ生活援助にヘルパーさんを派遣した。
いつもの麻酔科の時間が来ても、整形外科から動くことが出来なかった。終了時間が11時半になってしまったので、麻酔科には行かず昼食を摂ることに成った。12時過ぎには食事を終えて、麻酔科に向った。
「昼の時間に受け入れてくれますかね。」
という私の心配を一笑に付して、
「予約を入れているじゃないか。」
と、笑いながら言った。
受付窓口に行くと、
「先生が先程まで待っておられました。先生は昼食です。暫くお待ち下さい。」
と言って、13時まで待たされた。
やっと昼時間が終る頃に、
「大便に行きたいので、連れて行ってくれ。」
車椅子で、障害者用のトイレに向った。
暫く外の椅子で待っていたが、その間、睡魔が襲う。トイレ掃除が来て、札を入り口に立てかけて掃除を始めた。気が気でならずに、何度もトイレと外を行き来した。
やっと、戸の開ける音を聞き駆けつけた。
「前の人が、大を流してなかった。」
と言いながら、ティッシュでズボンの黄色い染みを拭きながら、
「これは先程食べたカレーがこぼれたものだ。」
と、言わなくてもいい事を言う。
そう言えば、先程、麻酔科の担当医を待たせたのはカレーを食べていて、今度は大便で待たせた。嫌な結び付きだ。
それから1時間、やっと解放されて電話を確認した。圏外になったり、マナーモードのバイブが作動していたが出られないのでまとめて掛けた。
今日の利用者の担当ケアマネジャーが、いつも掛けて来る。今日の利用者のことについてではなく、他の事について掛けて来る。何度も、今日の利用者の介助には
「慎重に失礼のないように。プライドが高いのでそのところを忘れないように。」
と念押しをしている。
この利用者には私が担当して、毎週この曜日は長時間拘束されているのを知っている。やはり、自分の援助時間に仕事の電話などされるとプライドが許さないだろう。それなのに、どうしてその時間にいつも掛けて来るのだろうと思う。
いつもより2時間遅く、自宅へ到着。車椅子から、降りても歩けない。麻酔がきついのか、ここ2回は宏美さんと2人で身体を担いでベットまで運び入れる。
大東の本社へ行く予定が、変更して守口事務所へ向った。事務所が入っているマンションの入り口で、これから対応する通院介助の担当者が遅れていると連絡があり、急遽ヘルプに向う。
大きな方であり、部屋から介護タクシーに乗せるための前段階の車椅子への移乗に2名必要となる。病院で、やっと交代要員とタッチ。その足でもう一人の酸素ボンベをシルバーカーに積んで移動する利用者の、リハビリへの通院介助をして事務所へ戻る。
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