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- トップハート物語(439)立志伝昇竜編
- 12/01/10
- 2003年(平成15年)7月上旬。「Kさんの対応は現場の判断に任せます。報告だけはして下さい。」
そう言って、ケアマネジャーは私に信頼を寄せて指示した。
退院したその夜援助に入った直後から不審な異変を感じていた。かなり衰弱しているのを見て、昨日は深夜に管理者以下数人のメンバーが集まって検討した。その集まった我々の姿を前にして、当の本人は目をつぶって眠りたがっていたようだ。迷惑千万なのだ。
その日は、様子を見ることにして解散。既に、11時を過ぎていた。
管理者は、どうも気になるのか入院させたい方向で動いている。ケアマネジャーに何度か入院の指示の催促をしている。その意に沿った指示を頂いていながら、いざ救急車を呼ぶ段になると、私などの意見を求めて現場に呼び出す。
私自身は、病院の食事を拒否してこのように成った利用者を元に戻す気にはなれない。
普通であれば、点滴を打つなど生命維持に特段の注意を払う必要がある筈なのに、何の措置もせずに退院させられた。
朝からケアマネジャーが利用者宅へ行って様態を確認。
「元気に成りつつあるので、このまま様子を見ましょう。」
私も、午後3時頃に親しいK宅を訪れ顔を合わせた。何しろ、開業した時以来の長い付き合い。その体形の変化は十分知っている。
4ヶ月近くの入院生活の間、ほとんど食物を口にすることなく、ガリガリになっているのだから、食べろと言う方が無理。胃が既に活動しにくくなっている。その胃に、一度に固形物を入れたものだから、ほとんど吐いてしまっている。
その症状をみて、ヘルパーさんが大騒ぎしている。4ヶ月掛かってその様に成ったものは、4ヶ月掛かって元に戻す気持ちで対応する必要があると思っている。何度も訪れて、スプーン一杯から食べさせる気長な対応が必要ではないか。
そのようにケアマネジャーを初めとして、管理者などに言うと皆さん同意をしてくれるのだが、現実は違っていた。管理者が、逐一報告してくれるのは良いが、
「Kさんが相変わらず食欲が無く、心配でヘルパーさんが30分時間を延長し対応してくれました。」
延長するのではなく、短い時間を何度も繰り返すように言っているのに、どうして理解出来ないのか。
夕方になって、やっぱり心配だからと管理者が利用者宅へ行った。突然変死したTさんの事もあり、気になっているのは分るが、
「ケアマネジャーに連絡をとったら、やはり病院へ連れて行って点滴を打って貰って下さい、と言われました。一緒に行ってくれますか。」
移動中だが、少しの時間なら行けると判断して行くことにした。
管理者は、いつも私を引っ張り出すことが散見される。それが気に成る。ケアマネジャーにどのように報告して、その返事を貰ったのか。どうして、通院させるのに私を呼び出すのか。
利用者の部屋に行った。管理者は、ケアマネジャーのところに行くのと入れ違いだった。利用者と、今日2度目の対面だった。
食べ物を口にしていないので元気が無さそうだったが、私の顔を見るとその顔をクシャクシャにして不自由な手を振った。手を握って、話し掛けると涙が一粒まぶたに浮かんで来た。
色々説明をして、病院へ点滴をしに行くことになり、最悪の場合には再入院することになると言うと、顔をしかめ手を振って拒否した。
「少しでもいいから食べ物を口にして。」
とお願いして、
「バナナ、ヨーグルト、おじやがあるけどどれがいい。」
しわがれた声で、
「おじや、おじや」
と答えた。
ベットをギャッジアップし起こしてヘルパーさんの手を借り、おじやを二口三口。ヘルパーさんも驚いた。昼も来た時に、ヨーグルトを二口。無理をしない、ゆっくりと。
昨夜招集されたヘルパーさんが、今ここに居て
「血色もいいし、昨日とは違う、全く違います。」
と言っていたので、本人も拒否しているし、予定していた点滴もキャンセルすることにした。仕事があるので、事務所へ戻る途中に管理者にその旨連絡した。
ここから、管理者のどんでん返し劇が始まる。どうしても心配が先に立って、再度ケアマネジャーの了解を貰って、やはり点滴に行くことにした。事務所へ来て、一緒に行って欲しいと言う。私は国保連への請求業務を夜にしないと、出来なくなる。
ケアマネジャーへの実績報告も昨夜やっと終えたところだ。これからは、イレギュラーな実績に対応しないと間に合わないので、
「一緒に行くことは出来ても、病院内で付き添う時間は無い。」
と言い、他の者で対応するように指示した。
本当は、自分一人で対応するように言いたかった。サービス提供責任者を呼んで同行。夜の10時過ぎ報告があり、利用者は病院に泊まることになった。
予想通りであり、出て来る事が出来るのか心配だ。その様な病院であり、管理者はさぞホッとしたことだろう。
何の為に在宅があるのか、もっとその意義を管理者は理解しないといけない。結局は、自分が居て利用者の意思と存在は無くなっている。
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