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トップハート物語(436)立志伝昇竜編
12/01/05
2003年(平成15年)7月初旬。最近電話が鳴らない。以前は昼夜問わず鳴り続けた。この2日間に鳴り続けた内容は、異常事態が起っていたことを意味していた。今まで大東本社の転送も私自身が受けていたが、それがなくなった。支援費関係も、管理責任者に転送させた。
 この日も夜10時近くに電話が鳴った。受講生からだ。年齢は50歳を超えていたが、やる気満々のおばさんで、故郷が東北の山形。隣の県なので、親しみがあり言葉の訛りも抜けない。
 「お願いがあります。実は介護福祉士の試験を受けたいのです。それで、実務経験の証明書が欲しいのですが。」
 彼女は、当社に登録する前は長い間家庭に入っていた。一念発起して病院で看護助手をしてヘルパーの資格を取り出した。2級後1級。私が外部の専門学校に関わっていた時の生徒だ。卒業後、就職をするあてがなく当社の登録ヘルパーとして勤務していた。
 どうしても施設で働きたいと念願していたので、知っている老人保健施設へ紹介しそのまま続いていた。
 その間も、休み明けや日曜日など当社の困難事例を担当してくれていた。
 併設しているヘルパーステーションへサービス提供責任者として異動になった。能力が試されて資格だけで経験がないので止めるように言ったのに、その言葉を振り切って選任された。
 「根性があるので頑張って、お宅を脅かす存在になる。」
と言っていたが、残念ながら全くその様な立場ではなかった。
彼女を引っ張った者は、これまた当社に居て肩書きに拘った管理能力の無い者だった。自分が何も出来ないが、人を使って自分の手柄にしようと考えるような人間だ。
 彼女は、東北の純粋な気持ちを持っていて、その者の「サービス提供責任者」としての言葉に騙されて行ったが、させられた仕事は登録ヘルパーと同じ仕事で、彼女の選任した役職としての仕事は何もさせられていない。
 その悩みを何度か打ち明けられたが、私の答えは冷たい。
 「だから言った筈だ。いいように使われているだけだ。自分の名前で色んな書類を作成されているが、その責任は取れるのか。」
 「どんな書類ですか。」
 「訪問介護計画や契約書とかに自分の名前が書いてある筈だが。」
 「見たことも無い。」
 そんなことが続いていたので、1級ヘルパーのほかに介護福祉士の資格をとって存在感を誇示したかったのだろうか。今でも、日曜日は当社の困難事例を勉強と称して担当して貰って居る。
 「実は、病院で働いていた時期の証明書が欲しいのです。」
 「何で。3年に足りないの。」
 「病院は、療養型ではなかったのです。だから、その期間がないと3年にならないのです。」
 「何時から何時なの。」
 「平成13年1月から10月まで足りないのです。その期間を頂けないでしょうか。来年の1月に試験があるようなのです。」
 「それは止めた方がいい。うちに来たのは13年の10月だから、それからだったら出せるよ。」
 「それでは足りないのです。」
 「足りなくたって、無理だ。そのことを知っている人が居る筈だ。足りないのに何故受けたとなったら大変なことになる。勿論当社も。」
 「それを何とかして欲しいのですが。絶対に見返してやりたいのです。負けたくないのです。お願いします。」
 「無理は無理だ。出来ない。それに、当社が始まったのは平成13年の7月からだよ。」
 「本当ですか。私がお世話になったのは10月ですよ。まだ出来たばかりだったのですか。」
 「そうだよ。あせることは無い。じっくりと力を蓄えて、満を持してから受験しなさい。」
 「分りました。また何かお願いすることがあるかもしれませんが、宜しくお願いします。」
 何となく未練を断ち切れないような感じだったが、我慢する事も大事。経験なんて直ぐに満たされる。問題は、それが満たされても試験には合格しないということを自覚して、研鑚に務めることだ。
彼女は、その後介護福祉士の資格を取得。数年後には、私が主宰したケアマネジャーの受験対策講座を受講し見事1回で合格。所属病院の新たに設置した居宅介護支援事業所管理者兼ケアマネジャーとして赴任。現在は、移転した高齢者専用住宅内の同じ立場の職に就いている。
 昨夜から始まった通院介助が、今日は朝から3時間要した。その間電話が何本もあったが保留にする他なかった。その中に障害者からのものがあり仕事が終って、2時に自宅へ行った。
 その障害者の知人で、文化活動など指導している社会福祉協議会登録ガイドヘルパーが居る。利用者が移動介護を必要な時に担当させたいと利用者が言うので、登録して貰った。その他に数人担当しているようで、利用者の同級生や後輩も居る。
 当社は養成校も実施しているので比較的若いヘルパーさんも多く、利用者の年代には十分対応できる。その利用者の楽しい様を見て、数人の仲間が当社のお世話になりたいと言い出した。
 年齢が20歳も離れたら、話は合わないのは当然。しかも、社会福祉協議会は9時~5時の対応しかしてくれないので、文化活動後の打ち上げなどに出られないと利用者の友人達は嘆いていた。それが、その後不快な事態を引き起こすことになった。

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