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トップハート物語(432)立志伝昇竜編
11/12/30
2003年(平成15年)6月下旬。毎週7時間程度の通院介助をする利用者は丁度90歳になる。それでも、耳も言葉もしっかりして会話も楽しい。記憶も、少々名前を思い出せない難点がある位だ。生活も自炊をしているということだ。私の若い頃は考えられないことだった。
 子供の頃の記憶では、概ね50歳を超えると会社では定年となり隠居生活に入る。80歳でも驚きなのに、90歳となると想像出来ない世界だ。当然寝たきりの方が多かったように思う。何らかの病気を持って、医療で生かされていると言う状態だった。
 昨日、新規で依頼のあった利用者は94歳だという。調査に行くと、眠った状態。先日テレビで見た鹿児島の2日寝て、2日起きてるパターンを繰り返す110歳のおばあさんのような感じだった。
 毎日昼間寝て、夜起きている状態なので面倒を見る家族が大変。その大変さを和らげる為に、ヘルパーさんをお願いされた。何ヶ所か依頼をしたが、ヘルパーさんというプロには程遠い対応だったらしい。これまでの事業所は最初に2日くらいは、ベテランが来てあとは全く出来ない新人が来たという。
 この日、少し遠くの病院で面談した利用者は、やはり94歳だった。顔の色艶もよく、まるで60代のような感じだった。ケアマネジャーが、電話でもこの日病院の玄関で会った時も、
 「かなり変な感じですので、驚かないで下さい。」
 という言葉の後に、具体的な話を始めた。
 「性格なことはともかく、まず、お会いしてからという事で。」
 と、病室に行った。部屋の入り口で、その変な人たちの最たる娘さんと遭遇。
 会うや否や、
 「私もヘルパーの資格を持っている。」
 と言い、具体的に何処で取ったかと言うので信憑性がある。
 「それではケアについては十分熟知しているのですね。」
 「いや、分っていても女の私では無理。」
 と返事があった。
94歳の利用者の娘さんなので還暦は当然過ぎている。体力的なものなのかと思って病室に入る。180センチ以上あるとは聞いていたが、面談室に行く為に車椅子に座った状態を見てビックリ。こんなに座高がある利用者は初めてなので、脅威に感じた。
 話し合いは全くおかしいところはないし、94歳でも歳を感じさせない対応振りだった。その側に居る、娘さんが問題なのだと何となく分った。あの大人しい若いケアマネジャーが、娘さんの言葉を遮って退院予定とその後の在宅生活の話をすると、その娘さんが普通では出来ないようなことを言う。提案事項は一つ一つ否定する。
 「医者はもういつでも退院できると言っている。」
と、事前にケアマネジャーから聞いていたが、娘さんは、
 「足の状態が悪いとトイレにも行けない。」
 と、言う。本人は、
 「オムツはしたくない、トイレに行きたい。」
 と確かに言っていたが、娘が今の状態では行けないと言うと、本人は
「伝って行ける。」
という。
車椅子を押して、病室に戻る時に、
 「毎日病院の廊下を40分歩いている。」
 と言っていたが、娘には不信感があるらしくて、そのことは言って居ないようだ。
風呂やその後の援助を話をすると、娘が横から口出しをして出来ないことばかり言い、ケアマネジャーが娘の顔を見ないで、利用者の顔を見て娘が言ったことを全部否定しながら、
 「準備は出来上がっているので、いつでも自宅へ戻れます。医者と話しても良いですか。」
 娘のことをおもんばかってか、ジッと目をつぶって、我に帰ったようにケアマネジャーの顔を見て、
 「お願いします。」
 娘がまた、
 「あの玄関の階段は、今の状態では無理だ。」
 「大丈夫です。車椅子ごと持って入って貰いますから。」
 「10人は必要だ。庭の植木を抜かないと車椅子が通れない。」
 その言葉を聞いて、帰りに自宅を見に行った。
 何のことは無い、上がるのに10人は必要と言われた急な階段は、外の道路から庭に通じる昔の低い3段だけの階段だった。そして庭の植木と言ったのは石畳に、松の小枝が伸びているだけだった。どうして帰したくないのか、分らない。
 ケアマネジャーが、
 「生涯独身で一度も仕事についたことの無い娘を、利用者は気にしているのだが最近クレジットカードを渡して、中々帰さないので警察に言うと脅したら、戻して来た。使った明細を取り寄せたら、多額の買い物をしていた。」
 と明かされたことに、対応が出来ない立場に苦しんでいた。
 自宅には、94年間の歴史を詰めた箱が、足の踏み場も無いほど積み上げられているという。スペースが全く無いのだ。レンタルベットを置く為に、ケアマネジャーがジャージに着替えて片付けをしたという。
 その時に覗いた箱の中は、
 「昔のジャムのビンやら、包丁、文房具の類など訳の分らない物ばかりで、本当に変だ。」
 変ではない。私も使用した物を残そうと考えて、実行した事もあった。若い頃の思い出を忘れたくないのだ。

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