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- トップハート物語(429)立志伝昇竜編
- 11/12/23
- 2003年(平成15年)6月下旬。コミニュケーションは大切だと思う。利用者だけでなく、どんな人ともそれは大切だと思う。特に、トラブルなどを未然に防ぐためにも。
前夜、9時頃に当社が援助している障害者の方から電話があった。実は、土曜日から行方不明となって大騒ぎになっていた。月曜日に市の障害福祉課から連絡があって、
「Tさんの援助に土曜日と日曜日に追加があったでしょうか。至急連絡を貰いたい。」
担当のヘルパーさんに連絡したが、全く掴まらない。ことの内容は、ご主人から市へ連絡があって、土曜日から家に戻って来ないという。どこへ行ったのか分らない。もしかしたら、計画を届けないでヘルパーさんと宿泊にでも出かけたのかも知れない、というものだ。その予測を増長するのに、担当のヘルパーさんに全く連絡がつかないという事実が大きく作用した。
市の担当者と、当社の担当者が障害者宅で打ち合わせた結果、月曜日まで戻って来なければ警察に届けでるとの結論で一旦解散した。
昼過ぎに、留守電を聞いた当社ヘルパーさんから連絡があり、
「実家の親が入院して手術したので自宅を留守にして、携帯電話の電源を切っていた。」
結果的に月曜日夜7時頃、利用者本人が帰宅。
友達と旅行へ行っていたという事だった。その行方不明事件は一件落着した。そのこととは無関係なのだが、その日にケアマネジャーと利用者が話をして7月から援助を断った、という。
「以前、日曜日に具合が悪くなってヘルパーさんに来てもらおうと思ってケアマネジャーに連絡したら、今日は休みだから生活保護を受けているので市に連絡して下さい、と言われた。」
と言うのだ。
市は介護保険の関係事業は何もしていないので、援助など出来ない。支援費の関係は当社が担当していて、年中無休・24時間対応なので当社に連絡があって即対応。但し、計画外なのでボランティアになったが、利用者には大いに頼りになると映ったらしい。
こんなことも言っていた。
「皆で会って、話をした時に介護保険をいくら使っているのか聞かれても分らないので、ケアマネジャーに聞いたが教えてくれない。」
「毎月、サービス提供表というものを貰っていませんか。」
と聞いたが、
「そんなもの知りません。ケアマネジャーから何も貰っていません。」
あまりのひどさに驚いたが、事実かどうか分らないので、言葉を濁した。
夕方5時以降は援助の対応はしない、などとケアマネジャーが所属している施設の方針を利用者に押し付けて病院での介助を、時間が来ると打ち切るなどの考えられない対応が訴えられた。
とにかく、ケアマネジャーの変更が伴うのでまずケアマネジャーの確保を優先して、翌朝いつもお願いしているケアマネジャーに打診。
「返事を保留にして下さい。相手先が了解してくれたら受けますので。」
仕事が一段落した、午後一番にケアマネジャーの所属している責任者へ連絡した。その責任者とは、3年前に初めて営業した時からの顔見知りで、懇意ほどではないが関係は悪くない。初めて、ケアマネジャーが5人も居ることが分った。
淡々と聞いてくれて、
「利用者が不信感を持っていられるということと、昨夜担当ケアマネと遅くまで話し合っていたようで、最後に利用者から断られたということですので、7月からの変更という事で結構です。」
と、スムーズに話が終った。
他の視覚障害者のお宅から電話があって、キャンセルを食ったのは先日だった。
「お宅の会社の障害の管理者に確認したかったが、お宅と話をした方がいい。うちの嫁に、ヘルパーさんが居ないので他へ変るなら変わってくれと言ったようだ。」
「そんなことは言わないと思います。事業者が、そんな言葉を吐くようでは問題です。」
「問題だから、確認したい。それでお宅とは今月一杯で終わりにしたい。」
「その話と援助の件は私が対応しますので、私に預からしてくれませんか。」
「いや、もう決めました。ただ、最後に貴方と嫌な思いをして終わりにしたくない。私も、会の会長をしています。市へこの言葉を持って行ってもいいのですが、お宅は好い人なので忠告して置きます。一人は一人ではない。一度来て下さい。話をしましょう。」
そんな話で、今週中に訪れないといけない。
担当者の、言葉一つ対応一つで大きく正反対の結果が出てくる。結果が出た時では、もう遅い。
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