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トップハート物語(424)立志伝昇竜編
11/12/15
2003年(平成15年)6月中旬。朝、事務所へ向う前に支援費関係の事務所へ寄った。支援費の原価を知るために寄ったが、まだ人件費が出ていない。既に月半ばを過ぎているのに、どうなっているのか問い詰めた。まだ完全に業務処理システムを把握していないので遅れているという。
 新人の本社サービス提供責任者が、本社から契約書に押印する印を受領するために、こちらに来たいという。しかし、その事だけで最低2時間も過ごすのでは、困ってしまう。彼は仕事から逃げる傾向にある。逃げ道をふさがないと、無駄なことをして時間を過ごそうとしている感じがするので、自分が行くことにした。
 私があれこれと指示をしているのに、行動的なことは全くしようとしない。自分が出来ることしかしない。それでは困る。あらゆることに挑戦しないと。もう口が酸っぱくなるほど、
 「支援費の申請をして下さい。」
 と言っているのに、
 「分りました。」
 と返事するだけで、何もしない。
この日も申請書を作成するように言ったが、
 「既に出来ていますが、後は申請の予約をするだけです。」
 との返事だった。
しかし、夜になって申請書の書き方や内容について色々聞いて来た。情けない声が電話で響いていた。何かと言うと、こちらに来たいと言いそれを押し戻すのに大変だった。自信がないので、聞きながら作成したいというのだ。何を言っているのか。簡単な事なので、電話で済ませた。夜になっても、遅くにまた聞いて来たが、
 「とにかく申請書を出すように、それで直されればそのように手直しすれば良い。」
 と答えて突き放した。
 本社から戻る途中、ケアマネジャーから電話で、乗降介助か身体介護か市の見解を聞いて欲しいと連絡があった。
 市の担当者の話を聞くこと20分。5月30日付けの「介護報酬Q&A」の内容について、原則的には要介護4か5でなければ身体介護中心の請求は出来ないという事だった。そうであれば、今来ているケアプランはどうなるのだ。
 心配が頭の中を駆け巡って、厚生労働省へ電話をして確認した。
 「労企36号の内容は変わっていません。」
 そして、具体的に聞いた。
 「身体介護中心の請求が出来るのは、通院介助等の前後に身体介護が30分程度含まないとダメなのか。」
 「労企36号は変っていないと思います。」
 「乗降介助が出来るのは、介助前後の身体介護がないと認められないのか。」
 「変って居ないと思います。」
 そうすると、当社が今行って居る通院介助はどうなるのだ。
ケアプランはどうなるのだ。今更、利用者に出来ないと言えないしケアマネジャーはどうするのだろう。
 もう後戻りも出来ないし、自重して対応していく他ない。保険料の返戻もあるかもしれない。
 その問題が頭に有り、予定の仕事が出来ない。一旦、部屋戻って昼食をした。電話の転送を忘れて来たので早々と戻って来た。
 おしゃべりのヘルパーさんが来たので、覚悟をしながら話を聞いた。取り留めも無い話だ。その間、視覚障害者から連絡が来た。困ったことに、クレームの上契約のキャンセルだ。
 支援費の担当者へ利用者の旦那さんからの電話だったが、「席を外している」と言うとお宅はどなたと言うので自分の氏名を言った。
 「ああ、佐藤さんの方が良い。お宅の責任者がうちの女房に、『ガイドヘルパーが居ないので、当社の派遣するガイドヘルパーが嫌なら契約を止めて、他の業者と契約して欲しい』と言ったようだが、その点を聞きたい。」
 と言い、
 「自分は視覚障害者の会の責任者をしているので、役所などにその旨話をしても良いが、折角、佐藤さんと知り合って援助をお願いしているのに不愉快な気持ちで辞めたくない。」
 などと言って、私に来て欲しいという。近いうちに話し合いに行きたいと返事をしたが、
 「今月一杯で辞めたいという気持ちは変らないが一度とにかく来てくれ。女房にも話をして欲しい。」
 そんな話をされたので、どうしてもその話を元に戻さないと、当社の支援費の浮沈を握っているかも知れない。
 「一人だけで終らない。これが始まりかもしれない。一人失ったら、10人失うと思っていたほうが良い。」
 という言葉に、何か得体の知れない圧力を感じた。
無責任な支援費管理者の言葉は、彼のどうしようもない面かも知れない。余りにトラブルが多過ぎる。そろそろ、決断の時か。

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