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- トップハート物語(411)立志伝昇竜編
- 11/11/28
- 2003年(平成15年)5月下旬。本人の希望で完全歩合制の中年男性。支援費の責任者だ。一月目は、私中心となって営業して得た利用者の土台があり忙しい毎日を過ごしていた。彼に任せた2ヶ月目の5月は新規利用者を得ることが出来ない。彼が自分の報酬を上げる為に考えることは現在の利用者の利用率を上げることかヘルパーさんに支払う時給を下げること。それが出来なければ、契約上の当月利益の3割をより多く受け取ることが出来ない。
あろうことか、暴挙に出た。一人のガイドヘルパーさんの契約時給を、仕事の内容が悪いとの理由で下げてしまった。私自身、時給を下げるより仕事をしてもらった方が良いのだが、少し強引ではないかと心配した。
当社の利用者の受給量に対して実質稼動時間数は7割程度だ。その利用率を上げることを、私も側面から応援した。
そんな営業行為の一環として行ったのだろうが、ある視覚障害者との遣り取りを逐一報告して来ていた。
毎日、数分の距離を往復移動介護している。しかし、当社テリトリーから離れていて、ガイドヘルパーさんが不足している。そのうえ、誰も対応してくれない。一人献身的に対応してくれていたガイドヘルパーさんが、病気になってしまった。
その中年管理者が、ボランティアで介助を行った。2級ヘルパーで、全身性身体障害者の外出援助を担当できる資格は持っているが、視覚障害者の移動介護の資格は持っていない。
そのボランティアの最中に、取り交わされた利用者との会話の内容が結果的に醜態を晒すようになった。
先週月曜日に、
「今度、支援費だけでなく介護の方も当社でやって欲しいと希望があります。」
対象利用者は、同じ通院介助だが半分は以前から介護保険を使用しており、他の訪問介護事業所が担当している。支援費が始まって、介護保険なら身体介護で取れるものを、支援費であるばかりに旧家事援助の単価となって何処の事業所も受けるところがなかった。
当社に、そのケアマネジャーから連絡があって、対応することになった。
「当社で対応するにはどのような手続きをすれば良いのか、利用者が聞いて来ています。」
「まず、ケアマネジャーにその旨連絡して下さい。」
次の担当の水曜日。
「今日、ケアマネジャーに話をするそうですので、連絡があると思いますので対応を宜しくお願いします。」
「あくまでも、利用者から話をさせて下さい。絶対に、当社から話をすることは避けて下さい。」
次の担当の金曜日。
「話をしたそうです。連絡はありましたか。」
「何もありません。」
「ケアマネジャーはどなたなのでしょうか。私から連絡して良いですか。」
「利用者が選択しているのですから、当社が表に出てはケアマネジャーから不信がられます。それだけは絶対に止めて下さい。」
次の担当の土曜日。
朝一番で、担当ケアマネジャーから連絡があった。
「利用者のYさんですが、今度利用時間を変えると連絡があったのですが、聞いていましたか。」
「いや聞いていません。」
「配食の関係で、夕方6時送りの7時半迎えになりました。何処も対応は出来ないようです。お宅も突然では、出来ないでしょう。」
「いや、当社は24時間ですのでいくらでも対応が出来ます。しかし、その時間は初めて聞きました。」
「実は、介護度が上がりまして全部介護保険で対応できるようになりました。それで、支援費の方は必要なくなりました。」
当然、この後当社へ介護保険を使用して通院介助を担当させてくれる話がなされるものと思っていた。
「それで、お宅への依頼は今月で打ち切りとなります。有難うございました。通院以外でお世話になるかもしれませんが。」
なんと、全部当社への依頼ではなく打ち切りとはどういうことか。研修へ行っていた中年責任者に電話を入れた。夕方、この日もガイドボランティアをするので、そのときに話を聞きます、との返事だった。
夕方、その利用者と幾分話をして私に電話を代わった。
「朝、ケアマネジャーから連絡があって時間の変更を言われたのですが、その対応は出来ます、と返事をしましたが当社の援助は今日で中止と言われました。」
「ああ、そうですか。」
責任者から報告を受けている、当社へ援助希望とは掛け離れたあっさりした返事だった。
「責任者から、Yさんは当社に介護保険も頼みたいとケアマネジャーに言っていると聞いたのですが。」
「いや、言っていませんよ。」
「・・・?では、当社の責任者の勘違いですか。」
「ハイ。」
その場で、電話を責任者に代わってその旨伝えた。怒りを押し殺した返事で、直ぐ外へ出て電話して来た。
「介護保険も支援費も同じ事業者にしたいと言われれば、当然当社に依頼されたものと思うじゃないですか。スイマセン。本当にゴメンナサイ。」
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