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- トップハート物語(410)立志伝昇竜編
- 11/11/27
- 2003年(平成15年)5月下旬。台風が来ている。朝から雨だという天気予報は全く外れて、好天に恵まれた。
前夜は早く寝ようと、テレビが点いていたがウトウトしていた。訪問介護員養成研修の受講生から電話があったのは、夜10時を過ぎていた。同行訪問の希望が、自分の希望した地域と異なるとの内容だった。受講申し込みの段階から、仕事の相談も受けている子供3人も居る母子家庭の30代の女性だ。
今帰宅したとのことで、FAXで送信されていた同行訪問の変更内容について連絡して来たのだ。その件もあるが、やはり仕事がどうしても遅くなるので転職したいとの希望の話が長かった。当社へ来たいという希望が前からあり、その旨を再度訴えて来た。
「リハビリ助手をしていて、保険請求事務も出来ます。自分は利用者と接する方が向いていると思います。」
丁度、新たな仕事としてリハビリの経験者に担当して欲しい業務があると、ケアマネジャーから要請があるのでその話をした。
「最初は、時間のあるときに仕事をして貰って、自分が本当にこの仕事が出来るかどうか様子を見て欲しい。今の仕事を辞めて直ぐに、希望する賃金を得られるかどうか分らない。」
「いや、前からその様な話をして頂いたのですが、帰って来るのがこんな時間になってしまう。その様な中途半端なことは出来ない。」
その様な会話を20分程度して、とにかく早く資格を取ることだと言い、そのあとで考えようと結論付けた。
やっと寝られると、ウトウトしかけた。また電話が鳴った。時計を見ると、もう11時近くになっていた。支援費関係の責任者ガマからだった。
「自分が前居た施設から電話があって、今後のことを含めて話をしたいと言って来ている。仕事を直ぐに貰えるかどうか分らないが、付き合いをして行きたいので了解を貰いたい。」
そんな内容だった。2ヶ所の施設での経験があり、その縁故を頼ってこれからの展開を図って行こうと考えているようだ。それは了解した。動くことが基本だ。動かないと何も生まれない。
事あるごとに、
「支援費は一人でこれだけ売り上げた。」
と他の者に公言している。私が我慢しているうちは良いが、限度を超すと
「自分で獲得した利用者はどのくらい居るのか。全部私が動いて獲得した利用者だ。そのことを忘れないで欲しい。」
その言葉を何度も言っているが、認知症のように、私以外の社員に自分のことだけをアピールする。自覚が足りない、厚顔だ。それでも、私の指示には従って営業行為を行って実績を伸ばし始めている。動きに動いているので、その点は感心する。
そのガマと、先日言い合いをした。
「今から、Nさんのところへ受給量が変更になったので行って来ます。」
と連絡があったので、介護保険も使用しているので、
「ついでに介護保険の集金もお願いします。」
と言った言葉に、
「それは介護保険の方でやって下さい。支援費とは関係ないですから。」
との返事だった。
「支援費関係のヘルパーさんの確保や調整は、介護保険の責任者がしている。それも全部自分でするということか。」
その言葉に即座に、やると言った。この野郎、何という奴だ。出来もしないで自分の能力をわきまえていない。それならお引取り願う外はない、と思い、今日朝1時間ほど話をした。
「私は、介護保険だろうと支援費だろうと皆が出来ることを出し合って、力を合わせてすることを願っているし、皆もそう思って介護保険のヘルパーさんも支援費関係でも仕事をしている。それが基本的な私の考え方だ。それが理解できるかどうかだ。」
「私は社員じゃありませんから。」
「社員じゃないとどうだというのですか。」
彼は、別法人の役員をしている。完全歩合制で、賃金を払っている。現在の業務は事務関係が中心だが、経験が無いのでその能力は無い。間違いだらけで、問題があるが何度も何度も自分で直しているので、段々と自分のものにして行っている。朝7時頃から事務所へ来て仕事をしている。昼は、外回りで一休みして、また夜仕事をしている。
「社員じゃないから、支援費関係の仕事以外はしないということですか。」
「自分は一人でして居るのだし、介護保険関係は何人も居る。自分達で自分の仕事をしてもらわないと。」
「私は、新たに行って下さいと言ったのではないですよ。その利用者宅へ行くと言うから、集金もついでにお願いしますと言ったのです。それも出来ないと言うのですか。」
本当に中年男性の嫌われるところが、そこにある。いま、この人物に辞められてもどうっていうことは無い。代わりを私がすれば良い。その様な思いを察知したのか、
「スイマセン。誤解していました。」
と、手を付いて謝って来た。分ってくれればそれで良い、追い込んでもしょうがない。
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