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- トップハート物語(406)立志伝昇竜編
- 11/11/16
- 2003年(平成15年)5月下旬。サジを投げるか、どうか迷った。この日もたらされた情報に、その対応について決断を促されたからだ。
通院介助の乗降加算事業所として指定を受け対応可能なのに対して、営業をするように何度も指示した。本社事業所は今まで多くの通院利用者に対応していたので、何の苦労も無く、乗降介助が出来ることをアピールすれば効率良く6月からスタート出来る。
100点しか点数が貰えないので効率良い介助が求められる。そのために、新人の本社管理者・サービス提供責任者に利用者名簿を提示してアピールするように命じた。
しかし、彼女と彼は
「ハイ。分りました」
と返事はするが何もしないでこの日まで来てしまった。何度も何度も指示するが、何もしない。
ついに蓋が少しずつ開けられた。毎日の通院や透析の通院利用者がほとんど他の事業所へ移動してしまったとの次々報告があった。もう勝負は終った。
男性サービス提供責任者Kを夜に呼びつけた。
「既に初めて顔を合わせて20日間が過ぎた。お互いに性格や人間性が分って来たはずだ。俺は何度も同じ事を言う性格ではない。普段は、1回か2回言って終わりだ。指示されたことをしなければ、その後はその人物を無視する。今回は、俺にしては珍しく何度も言った筈だ。返事だけはして、何もしない。当社を辞めた者が、通院で困っている利用者に100円で出来ますのでと営業した。当社が行っていた利用者なのに、当社が出来るようになりましたとどうして言わなかったのか。もうあとの祭りだ。」
スイマセンと謝られても取り返しがつかない。若いやる気のある者なので、厳しく追及することは避けた。
「分りました」
と返事されれば何も言えない、
「スイマセン」
と言われれば何も言えない。
問題はこれからのことだ。これほどの重荷を抱えて行くとは思わなかった。
「もう通院介助の闘いは終ってしまった。これからどうするかだ。マイナスを少なくするか、プラスを多くするか。得意な科目を勉強するか、不得意な科目を克服するか。両方は出来ない。俺は、利用者を綱引きするより、新たなプラス材料を見出してその方面へ打って出る方が有効だと思っている。先日のリハビリ経験者のヘルパー派遣。本格的なリハビリではなく、散歩や家事を一緒にする場合にどんなことがリハビリに有効性があるのかを知識としてもって居れば良い、という事なのでリハビリ助手でも良いと言われている。その適任者が居るし、精神障害の手帳をもらえないがそれに近い利用者についても対応できるヘルパーさんが居る。6月からそれぞれ数人紹介してくれるという。その方面からも新たな市場が開拓できる。また、支援費もあるし講習もある。ガイドヘルパー講習も出来るようになる。新たな事業がもっとあるかも知れない。そんなことを考えながら仕事をした方が楽しいと思っている。利用者が取ったの取られたのどうのこうのと言っても君達では勝負にならない、もう方向を転換して進めたらどうだ。」
「同じ考えです。分りました。」
夜も8時半近くだった。そのあと9時まで開いているスパーに買い物に行った。
ある欧米の世界一の信者数を誇る宗教のひとつの派の名を冠した施設に併設している居宅支援事業所の依頼が前記した精神の安定を目的とした援助を希望してきた。その様な援助を経験として積んで来たヘルパーさんは、なかなか居ない。
ところが、うまい具合に先日ある利用者の子息が当社を訪れ、今まで長い間地域の人々に悩み事相談等をしながら生活をしていたという。
「今度、実家へ戻るに当たって福祉の仕事を通じて、今までと同じような仕事をしながら生活をしたい。」
簡単だがそんな依頼を受けた。その名刺には、多くの精神対話の資格と実績を裏付ける言葉が羅列していた。
精神障害の手帳を貰えない軽度の障害がある利用者への対応の依頼を受けた時に、その方の名前が浮かんで改めて名刺を引き出した。ところが、経歴の欄にその宗教の一派の名称と「牧師」とあった。
そのことが引っ掛かっていたので、メールで問題ないのか確認をした。返事がなかなか来なかった。遅い返事が来たが、はっきりと言わないで遠回しに、言葉汚く嫌な感じがしたがはっきりした返事ではないので、再度出来るかどうか確認した。
やはり、同じ宗教内でも宗派によってこれほど対立が激しいのかと思うくらいの文面で、断って来た。
同じ頃ケアマネジャーから、ヘルパーの資格を持っていないと困る、と返事が来た。私は、その様な方とヘルパーを同時に入れようとしていた。勿論、その方はボランティアだ。しかし、同時に断って来た。次善の提案として、民生委員など歴任したヘルパーさんを提案した。了解を頂いた。
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