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- トップハート物語(398)立志伝昇竜編
- 11/11/04
- 2003年(平成15年)5月中旬。のちにある市の市長となる、この当時は議員となっていた方が紹介してくれた女性弁護士事務所に行った。先日、忙しくてはまだ提示する材料を準備できず不足していたが、今日はある程度準備時間があったので資料を揃えることが出来た。
本社大東事務所に当然あるべきデータが無い。利用者名簿、ヘルパー名簿、実績データ入力ソフト、ケアマネ連絡先名簿、各種記録、申請書控え、等々。持ち去られて仕舞ったのだ。立ち上げすると言っても、所属していたデータを持ち去るとは窃盗になる筈だ。
「それらの、同様のデータを記録した物を出してくれ。」
という。
つまり、他の営業所で使用している同じ物のFDを出して暮れという。
ケアマネジャーが作るケアプランに無い業務を勝手にねつ造して初老の女性元管理者が自分の子飼いのヘルパーに依頼してさせて、国保連やケアマネジャーには請求せず、そのヘルパーへの賃金計算の時間数には加入している。
そのことは、会社に損害を与えた背任になるとのこと。その恩恵を受けたヘルパーは、「私は6月から彼女の所へ行く」と公言しているただ一人のヘルパーだ。
また仕事が全く無いのに、あるかのようにし実質10時間しかケアをしていない男性ヘルパーに、200時間以上の勤務表を作成し19万4800円の支払いを要求させている問題などについても資料を提示したが、同様の扱いだと言われた。
その件に関しても、労働基準監督所の話を聞いた。
「架空の業務については、勝手に初老女性元管理者行った事で労働者へ賃金を支払う必要が無い。」
水増し業務については、
「会社が必要と認めていない業務であれば同じく支払う必要が無い。ただし、第三者が判断できる材料が必要である。その材料が勤務票だけの時には、一旦支払って返還請求を行うことになる。または、元初老女性管理者へ損害賠償請求となる。」
その様な見解があり、その具体的な資料を近々持参して再確認をしてから、対応を決めようと思っている。
その他、当社利用者に対して営業行為を行っていることについては、まだ指定が下りていない段階で訪問介護の指定が6月に下りるとの不確定な事項をさも確定しているが如く行っていることについて、問題視されるという。勿論、法律と行政の側との問題だ。
その証拠が必要とのこと。持って回っている名刺、パンフレットの類を準備するように指示された。大体が、前管理者の懇意にしている利用者宅へ行っているので、その名刺なりを取得するのは大変だったが、何とか夜になって入手した。
不正のデータ類を何とか準備をした。
しかし、一番強く反省しなければならないのは、代表者としての私の管理責任だ。いくら信頼していたからといって、私に責任がないことは無い。この問題の責任は、全て私に帰結する。そのために、この地の活動は1年以内と決めて、それからはみんなで分担して遂行して欲しいと宣言している。
嫌なことばかりの連続、人を騙して生きる人種の坩堝。
「告発」や、「窃盗」、「背任」などの聞きたくない言葉の連続と、今まで一緒に働いて尊敬もしていたはずの女性の初老元本社管理者の彼女を訴える協議の場に同行したのは、全く純真で、秘書的な私がこの地で唯一心が許せる社員の智子さんだ。
その顔はゆがんで、悲しそうな顔をしていた。私が、その初老女性元管理者の責任問題を話す顔を凝視しているので、かなり話し辛かった。言葉の勢いにトーンダウンした場面もあった。まるで、私の本当の顔が見透かされているような感じがしたのだ。
いつもの私と違うと感じていただろう。私にもこういう怖い一面があるのだと、声に出さずとも私のことを、嫌な人間だと思っていただろう。
この地の人間は、大事な人間関係をもズタズタにしてしまう。
しかし、その本当の顔を見られた事を隠すように、数か月後に結果的には手綱を緩めてしまって弁護士から告訴する準備が整ったと言われたが、その行為から手を引く結論を出して仕舞うのだ。その弁護士事務所の事務局長は府警のOBであり自信満々だったのだが、智子さんのゆがんだ顔には勝てなかった。そのような時間を使うなら、事業に費やする時間に使った方が良かったと今から思えばそう思う。
外に出て、言い訳めいて話をした。
「先ほど、埼玉から電話があった。土地の福祉事業の活用依頼だ。みんなにも言っていたが、1年以内にこの訪問介護事業の第一線から退いて、個人事務所を設立して他の事を始めたい。」
「どこへ行くのですか。」
「今の時代、何処へ居ても同じだ。ここの人間関係が嫌なので、事務所はここにあっても仕事はほかの地域に関わり合う様なことをしたい。」
「私はどうなるのでしょうか。」
「今まで通りに、私の傍に居て仕事をしてくれればありがたい。」
「遠くへは行けないけれど。」
「今持っている資格で全く異なった分野の事務所を開設するのと、勿論代表者として今の企業を側面から応援する。あと少し福祉を担当すれば経験年数が、ケアマネジャーの受験資格を得るので、その機会を何とか生かし、取得したら新たな構想でケアプランの作成に携わって行きたい。ケアマネジャーが主体ではなく、利用者主体のケアプラン作成が大事で、それを実践啓蒙したい。」
今日は、心ここにあらずといったところだ。帰り途中早い晩飯を食べた。
久し振りにラーメンを食べた。この地のラーメンはまずい。和歌山ラーメンなるものを食べた。味噌味だが、札幌ラーメンが食べ慣れているとしても、この地のラーメンは美味しくない。
智子さんの心を和らげることがもうひとつあった。当社は、他社の同行訪問を受け入れている。その中で、同じ市の接骨院の先生が居た。その先生から、昼に電話があった。
「Kです。覚えていますか。その節は大変お世話になりました。ケアマネの資格を取得しました。ケアプランセンターを開設したいので相談に乗って下さい。」
勿論了解した。来週の約束をしたが、どうしても今日会いたいという事で再度電話があり、この日の夜8時に約束した。
その同行訪問の、何十人の中で彼の印象が一番強く、智子さんも時々思い出しては話題にしていた。その彼からの電話があったことを伝えて、一緒に行くことにした。
ところが、智子さんは夜8時からの援助があり、向かったのは夜の9時になってしった。
今度は受講生ではなく、ケアマネジャー先生なので、その意識を持って対応した。智子さんも、顔をはっきりと思い出して、再会を喜んでいた。
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