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- トップハート物語(393)立志伝昇竜編
- 11/10/27
- 2003年(平成15年)5月中旬。事務所へ一旦出勤したが、体調が悪く、暫くして部屋に戻った。風邪は治る方向に向っているが、食欲がなく気力に問題が有る。声に張りがないのは感じているが、何と言っても体調が思わしくない。それが、気力に反映しているようだ。
マンションの自分の万年床の部屋に戻って、横になって休んだ。3時間程度テレビの声だけを聞きながら、ゆっくり休んでいたが疲れは取れなかった。
また、事務所へ行った。二人ほど出勤していたが、余り身体と精神の状態が良くないので話も出来なかった。こんなんじゃダメだと自分に聞かせても、どうしようもない。病にはやはり勝てない。
大東本社へ行った。新人管理者Nさんが、夜遅くまで仕事をしているので体調を壊したようだ。前夜、私のマンションに来たのは夜も11時近くだった。それから2時間、その方向性を新人サービス提供責任者のKを加えて3人で話し合った。
管理者として、サービス提供責任者として仕事がしたいのに、前初老女性管理者ファミリーが起こした問題を処理するのにほとんどの時間を割いている。
何も知らない、何も引き継ついでくれない中でよく健闘している。
しかし、まだその闘志が前面に出ていない。言葉は確かにあるが、実行がない。それを指摘して、その真意を質した。
「今は、内部を掌握してそれから営業などをして大きくする自信は有ります。」
と言う言葉に何に興味もない。
自信が有るのは当たり前で、この業界へ色々知識を持って飛び込んで大きくすると思って誰もが飛び込んでくる。その人たちの結果は、どのようになっているのか、それを良く見て欲しい。私の思いや考えは厳しいと感じていないのだが、他人にはそういう印象を持たれる。
私が、先日も言ったのは、
「1日1件でも良いケアマネジャーなり、利用者宅を回って欲しい。」
そのことが少しでもやり易いように、先日あるケアマネに電話を入れて、
「今日、挨拶に行かせたいので時間など打ち合わせさせます。」
と告げて、サービス提供責任者へ直ぐ連絡するように指示した。ところが、何度言ってもしてなかったようで、夕方連絡をしたが外出してしまった。直接遠くの自宅まで行ったが不在だったという。
その日に夕方5時に大事なヘルパーさんと待合せをしていた事も、帰りが渋滞で間に合わなかったと言う。
その時も、どうして一人で行かないのだろうと思った。確かに一人では不安なのは分る。それにしても、まだ子供というところか。慌てないで、これからじっくりと大人にしていかないといけないかも知れない。
そういえば、先日も友達が居ると言う居宅支援事業所へ行きたいと言うので、了解した。そのあとに一緒に新規調査へ行く予定だった。突然、その日に彼から電話が掛かって来て、
「迎えに行きますので、支援事業所へ一緒に行って欲しいのですが。」
と言って来たので、まあ良いかと思って一緒に車に乗り込んだ。そのあとに、
「実は、今日はケアマネが不在ということです。」
何のことは無い、自分が勝手に予定を立てただけで、相手の都合を確認していなかった。
ついでに不思議なのだが、複数の他の職員のことだが集金を頼んだりするとそのほとんどが連絡もしないで行き、不在でしたと戻って来る。多くの人がその様な対応をしている。不思議な、地域だ。
先日から、
「あと1年しかここで仕事をすることはない。」
と、宣言した。
ここは、人が人を信頼しつつ仕事をする土地ではない。
本社事務所へ行った。車を降りた途端、前管理者が車で私の側を通り過ぎた。不自然に後ろを向いていたが、息子らしい男に運転をさせて笑っているようだった。
これからがこの人の人生が始まる。背信行為が、どのように自分に降りかかるか、まだ気付いては居ない。ケアマネジャーは異口同音に、
「そんなことってありですか。そんな勝手なことはさせません。安心して下さい。」
と、言っている、唯一のおとぼけケアマネを除いて。
本社で、老婆心を1時間半に亘って受けとった。60歳を遥かに超えているヘルパーさんからだった。
「若い女の言うことを信じたりしてはダメだ。」
若い女とは、前管理者の初老の女性の事だったが既に50歳は越えて初老の域に達しているのだから、少し変な気持ちだった。
「どうしてファミリーだけを社員にしたのか。それが失敗だ。何も言えない組織を作ってしまった。仕事が欲しいから、皆黙ってしまう。」
そうも言われた。本当に、それは私の責任だった。
耳の痛い話だった。
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