お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(392)立志伝昇竜編
11/10/26
2003年(平成15年)5月中旬。3年前にこの地に足を踏み入れて、2週間で人間関係が理由で無理と判断し自宅へ戻ることを決意したのが、その年の5月だった。
 その時は、トラブルの元になっていた者を排除した形で6月1日にスタートした。2000年のことだった。5月の連休中に、事務所にあったすべてのものが持ち出されて、文具などを自分たちで働いて利益を出し購入する外なかった。
 2001年の5月は、会社との軋轢が深まり1年前と同じように、事務所から全資料を持ち出された。根を上げないので、ついに事務所をロックアウトされてしまった。
 その時点で辞める決心をした。6月末退職の7月1日独立だった。
 2002年は、大きなトラブルはなかったと記憶している。
 2年ぶりのトラブル発生で、大きな激震となった。初老女性の本社管理責任者が行ったことは、利用者やヘルパーさんに浸透していた。
 一番たくさん仕事をしていたヘルパーさんが、自分も利用者勧誘をしていたと告白。どうやら、管理責任者ファミリーは自分が手を汚さずヘルパーさんに勧誘をさせて、それが確定すると初老女性元管理者が乗り出し契約の話を持ち出しているようだ。
 確認したところ、ヘルパーさん一人は移籍が確定なので、即日仕事から外れて貰った。
 よく考えると、数ヶ月前から新人の採用が目立ち、以前から居るヘルパーさんを除外し始めた傾向が読み取れる。どうしてそのようになっているのか、分らなかったがこの日を想定していたようだ。
 この半年間に、大幅に変更になっているヘルパー名簿も何も無くなっている。何がないというよりも、ヘルパーステーションにおいてあるべきものがすべてない。ヘルパーの養成校に有るはずのものが、すべてない。
 いつも無くなる。みんな無くなる。新人管理者Nと同じく新人のサービス提供責任者Kがこれほど優れた人材で無かったら、どのようになっていたか。
 長時間の電話があった。
 その一番目は、当社で最も仕事をしているヘルパーさんが、初老女性前管理者に誘われて利用者を勧誘して移籍を決心していた。そのことについて、前夜話をした。結論はこの日にという事だったが、朝早くから返事が来た。
 「家族、兄弟と話をしました。その結果、やはり筋が通る道を歩むのが大事だということが分りました。このまま、籍を残して仕事をさせて下さい。」
 そう言って、色々な経過を話し始めた。初老女性元管理者がヘルパーさんに、利用者を持って移籍して来るように話をしていることが、一番の怒りだった。
 続いて、先日からスタートしたばかりの援助が2回目で頓挫していることについてだ。
 家族3人。お爺さんの介護を依頼されているのに、風呂掃除や台所の掃除をする。最初面談時は、通院介助と調理が中心で時間があれば簡単な掃除だった。
 それが、急に呼び出しがあって
 「家族で話し合った結果、掃除を中心にして欲しいので打ち合わせに来て欲しい。」
 というものだった。
 1日目は、台所や居間、階段や窓拭きなど。2日目は風呂掃除が中心となっていた。その2日目の掃除をしている時に、旦那さんが在宅で新聞を読んでいたという。
 その報告を受けて、奥さんが障害者1級の手帳を持っているとはいえ、旦那さんが在宅なのに何故その新聞を読んで居る旦那さんに風呂掃除をさせないのか、と怒り断る決心をした。
 障害者の認定を受けているので支援費を活用することを勧めたのだが、おじいさんの介護経費の他にお金が掛かるという理由で断りを入れてきた。
 この日も、電話では
 「私が居ない時に掃除をして欲しい。」
 週3回透析で不在になる間に、その対応をお願いしていることが、出来ないのでそのことを何度も説明をしたが、
 「記録を書き換えるとかして出来ませんか。」
 という始末。話にならない。ケアマネに報告すると、
 「私が説明すると、分りましたと言っているのですが。」
 と言う。 

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報