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- トップハート物語(386)立志伝昇竜編
- 11/10/17
- 2003年(平成15年)5月初旬。朝、9時半に利用者宅へ行く予定だったのでのんびりしていた。朝風呂に入ろうとして、お湯を入れだしたら電話が鳴った。隣の市の施設から内に移って来た新人男性のKだ。やる気満々で、それに合わせたら私の体がとんでもないことになる。
9時半近くに待ち合わせをして、知的障害児宅へ伺った。
彼は相当なパーフォーマンスを持ち合わせており、短い時間の間に障害児とにこやかに話をし握手を交わすようになっていた。安心した。これなら任せられる。
翌日の、公園への移動介護の打ち合わせは的確で、同席していた親が安心しているのがわかった。彼は高齢者より、障害者の方が実力を発揮するかもしれない。
そのまま大東本社へ向った。これまでの初老女性管理者と違ってはつらつとして能力も沢山ある新人の若い管理責任者もやる気満々で、毎日遅くまで仕事をしている。まだ3日目だが、余り根を詰めないように言っているが、効果は無い。
大東で実績の処理を行って一旦守口の事務所へ戻り、通院の介助へ向った。ケアマネジャーが同行して病院へ行った。
末期症状だというが、高齢のため自覚症状が無い。何もしないで、何日もの入院生活が耐えられないと、病院へ申出て退院となったようだ。
何度かお会いしていたが、頬がげっそりとこけていた。足取りもおぼつかなかったが、シルバーカーをゆっくりと押してナースセンターへ挨拶に行った。
自宅へ戻る。通院介助だけは当社が行って、日常の生活支援はケアマネジャーが所属しているヘルパーステーションが実施している。
その様な不安定な歩行状態なので、通院介助は出来ないと言い出したようで、どう転んでも安全策として、当社へ介助の打診があったので、勿論了解した。
自宅へ着いてから、買い物を私が行っていたがスーパー内に入ると同時に電話が鳴って、ケアマネジャーが病院で待っているので来て欲しいという。
そんなことを繰り返していたら、2時間を超えたので、実質的な買い物時間を援助時間とした。
全て終わって、利用者宅を出ようとした時にお金を出して来た。利用料かと思ったので、
「集金は翌月になります。」
と答えたが、そうではなかった。
お礼だというので、その点について、お話をして理解を得た。
帰り際、外まで出て来て、
「今後とも、宜しくお願いします。」
と、既に当社で担当することをケアマネジャーが話しているのか、見えなくなるまで手を振っていた。
人生も先が見えて来ると、色々今まで隠していたことが表に出るようになり私どもも知るようになる。見栄を張っていたり、ウソをついていたりしたことが分ってしまって、人生最後の哀れを誘う。
人生の終末は、告知の問題があったり保証人や代理人の問題、その対象者が誰なのかを調査するための戸籍を取り寄せるなどの問題が有って、人生を遡り追い掛けて行くと真実が分かって仕舞う事もある。
その88歳の人生にも、多くのことが隠されていた。何も知らないで何も知ろうとしないで過ぎて行くのが一番良いのだが。
何十年もの親しい間柄でも、何十年もの音信不通の血族の方が重みを得る時が、終末なのだ。
支援費関係の事務所へ行く。責任者のがまが、毎日何度も携帯に電話をして来て、
「今日の予定は。いつこちらへ来られますか。」
それが中心だが、時々自分の報酬改定の話をちらつかせて来る。
用事があると言うので、立ち寄ったのだが必要性は無かった。
自分が作った資料を読み合わせてくれという。そんなことはアルバイトにさせれば良い。そう言うと、
「誰も寄り付かなくなった。」
「当たり前じゃないですか、使いものにならないから辞めさせるの、今まで最高レベルの人と仕事をしてきたので、余りにもひど過ぎる。」
などと言い、誰かを使用しようとすると能力の無いものは要らない、などと言う。
ところが、私の見立てでは自己賛辞が多くて、彼の事務能力は最低レベルに近い。
パソコンは出来ますと言う触れ込みで来たが、キーボードには1本指で。やたらキーを押して、フリーズさせることがシバシバ。何度も聞いてくる。
仕事や話も無いので、事務所へ戻った。追いかけて来て、インターネットのホームページの出し方やFDに移すのはどうするのかまで指導しないといけない。パソコンを使えないのに、もう1台欲しいと言う。
ないがしろになっていたこの事務所の実績をケアマネジャーに送るまで処理し終わったのが夜の10時だった。
本社責任者からも、やっと提供票への実績の転記を終ったことが報告された。
明日は、そのチェックとケアマネジャー宛の報告となる。
男性の新人は、夜7時から障害者の入浴介助を行った後に、本社事務所へ向うと伝言があったようだ。
夜10時過ぎに守口事務所へ来ると言っていたが、私はその時間に自室マンションへ戻った。翌日は講習のために早く出ないといけない。
しかし、彼も6時間の移動介護がある。この日も、午後から5時間の移動介護を行って2時間の入浴介助。
障害児の移動援助も、年齢を指定して来た利用者の希望に応えられない可能性が出て来ているので、考えると眠れない。しかし、ケアは楽しいの一言に尽きる。一度も、嫌だと思った事が無い。依頼を受けた内容をどうこなしたらいいのかだけを考えている。
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