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- トップハート物語(377)立志伝昇竜編
- 11/10/05
- 2003年(平成15年)4月中旬。夕方、ある利用者から
「お宅と契約をしたいのですが。」
と電話があり、
「大変失礼ですが、ヘルパーさんの登録でしょうか、援助を受けられる方でしょうか?」
と質問した。援助を受けたいと言い、ヘルパーさんを指名した。しかし、そのヘルパーさんの名前が記憶に無い。
「当社へ登録しているのでしょうか。」
と聞き返した。もし、何かの間違いだったら逃してしまうことになるので、
「その方で無いければ、ダメでしょうか。」
と聞き返した。勿論その方が登録しているからお宅へ頼むのだとダメを押された。
「責任者が席を外しているので、確認させてご連絡します。もし契約となれば、その受給者証など確認にお邪魔したいのですが。」
「18日に、障害者の作業所に来て下さい。」
「その時に契約書をお作りして行きたいので、出来れば今からお話しを聞きに行きたいのですが。」
翌日にどうしても帰省しなければならないので、あせっていたがやはり最初の依頼通りにの日にお邪魔することになった。
問題は、その様なヘルパーが登録しているのか支援費責任者へ連絡を取った。登録はしていたようだ。18日午後に管理者に行くように指示をした。
同じ、17日夜に当社から他の業種に転職し、その扱い商品の販売を利用者へ行って問題を起こしたしヘルパーさんから連絡があった。
「実は、私の父親ですけどケアのお願いをしたいのです。プランごとお願いします。毎週3回2時間の家事援助です。また、姉が障害者1級を持っているので支援を受けたいので説明に来て欲しい。」
そんなことがあって、その日が終った。翌日、なるべく早く帰省をしたかった。午後2時頃に部屋を出ようと思っていたが、その時間にケアマネから連絡があった。
「利用者が転倒して、足首を捻挫してしまい動けなくなった。突然ですがケアをすぐに始められますか?」
「勿論。」
「それでは一緒に調査へ行って欲しい。」
という訳で、管理者を連れて調査へ行った。
往復も含めて、2時間を要した。帰る車中で昨日依頼のあった利用者の指定する作業所へ向った責任者に電話でその結果を確認した。
私が受けた利用者は総勢15人を擁する協議会の責任者で、当社へ登録したヘルパーさんは、その組織の副会長だった。
私の意を受けた責任者の、諸々の説明と共存共栄の姿勢とにかなりの評価を頂いて、会をあげてお付き合いをしたいと返事を頂いたとのこと。全員が全身性障害者であり、多くの身体介護を支給量として所持していた。この日は、3人の方がいたのでその方との契約が決まったという。いずれ全員が当社と契約することを進めたいとの意向という言葉を聞き、怖いくらいの気持になった。
その後、ガイドヘルパーさんが高齢者を紹介してくれて、その調査に行かせた。結果的には、毎日近くの病院への行き帰りだけの通院介助。要支援のために介護保険だけではまかないきれない。そのオーバー分は、支援費関係で賄うように説明して申請書を提出することを利用者に話すように指示して、新幹線に乗った。
こんなに一度に依頼があって良いものだろうかと、何となく怖くなった。また、支援費の時間が既に1000時間を超えており、今回の施設関係の15人分が加わったら、倍増してしまう。
介護保険が始まった時に、2ヶ月間遅れで保険金が入金されたが、毎月ヘルパーさんへの支払いの方が多くて、何年も未収金が大きくなって現金が不足した事態が続いた。今回の支援費も、そのパターンだが最初から大きく受けてしまうとその2ヶ月間の負担が大変だ。
予定より2時間遅れで新幹線に乗った。夜10時頃に自宅へ着いた。
妻が突然、
「明日、井上眼科へ行って造影剤を入れて診察を受けたいので一緒に行って。」
と言い出した。
それから予定の変更など方々にお願いして、病院へ行った。ところが、予定していた主治医は急に他の病院へ行ってしまったという。代わりの先生が診察して、
「黄斑変性症ではないと思います。白内障の手術をしたあとの障害があると思いますので、レザー治療をすれば直ると思います。」
という断定的な診断を頂いたのに、本人は納得しない。本当にどうして病気になりたいのか、不思議でしょうがない。診察室で、余りにも我が儘なことを言うので叱り付けた。
その自分が信じて思い込んでいる病ではないと医師が言うのに、新聞に書いてあった治療法を持ち出してその医師に聞いた。
それは関係ないと、強く否定されて自分の造影剤を使って移した眼球の裏側の写真を見せられて、何も問題ないと言われた。それでも本人は、ウンザリするほどしつこく反論する。本当に大バカ者だ。
医師は、
「主治医の検診を受けて造影剤を使用しての検査を受けてなにもないので、それ以上説明のしようが無い。もし、信用置けないなら信用置ける医者に行って納得したらいい。」
ついに、医師も諦めて匙を投げた。
この世界一と言われる「井上眼科」の診察に真っ向から反論する。
結果的に、レザー治療を行って外に出ると
「ウソみたいにはっきりと明るく見える。怖いくらい。」
等と言って、これまでの妻とは全く別人になっていた。
それから8年後の現在も全く何の問題も無く過ごしている。
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