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トップハート物語(374)立志伝昇竜編
11/10/02
2003年(平成15年)4月中旬。私の中学生や高校生の頃は、青春ドラマ真っ盛りだった。世は「青春スター」や「青春歌謡」など『青春』という言葉を盛んに使っていた。グループサウンズやフォークソングなどという、今では死語となった言葉が氾濫していた。
 勿論私もその言葉やスターに憧れて、映画を見に行ったりレコードを買ったり。最初に買ったレコードはペギー葉山の「学生時代」だった。その後、舟木一夫一辺倒となって、「学園広場」「君たちがいて僕がいた」「修学旅行」「仲間たち」「高原のお嬢さん」「花咲く乙女たち」「青春の胸の血は」「絶唱」「北国の町」「哀愁の夜」「残雪」などを買い求め、映画を見続けた。
 他の、加山雄三、西郷輝彦、などのレコードはクラスメイトから借りていた。沢田研二のタイガースが初めて仙台でデビューしたのもこの頃だった。その後、真面目に勉強する方向へ進んだので、余りのめり込むことはなかったが「青春ドラマ」はよく見ていた。勿論感激しながら。
 そんな光景を彷彿させる、一場面があった。
 昨日、突然辞めたいと言い出した支援費関係の責任者である、ガマが隣の事務所へ居る私に連絡をして来た。
 「報告します。」
 と、言って現在の状態と、今日の予定を報告して来た。
今日の対応を、どのようにするか利用者との協議に望む態度を確認して来た。
 私が、彼の居る事務所を訪れた。一通り協議をした。1時間余りの打ち合わせを終えて、玄関で立ち話をしていると突然大きく半円を描いて腕を振った彼が、私の手を握った。つまり握手だ。
 「これから宜しくお願いします。」
 という彼の言葉に、臭い演技のバカバカしさを押し殺して、手を強く握って
 「宜しくお願いします。」
 と、言って別れた。本当にアホ臭かった。不審だらけでも、使って行かないと人で不足に成る。
 私と同年代の彼の一番の表現だろう。あの、青春ドラマの一シーンを思い出させるパフォーマンスだった。
 夜もまた、さも忠実そうに仕事を終えて報告を兼ねて連絡して来た。
 「早く帰って、ゆっくり休んで下さい。慌てないで、ゆっくり進みましょう。」
 そんな言葉を私に投げかけて、この日は終った。
当分私も、性に合わないドラマを演じる。
その、私と同じ年代と思われる得体の知れない女性が居る。今回の支援費の関係で知り合ったのだが、身分を明かさない。
 ある、全身性障害者のお宅へ伺った時にご両親に紹介された。
 「色々相談にのって頂いている、肢体不自由児協会の方です。」
 と言われたが、援助の話を進めている間に、
 「私も、何時間か援助をします。」
 という事だった。
 「ヘルパーさんがグループを組んで、お互いに密接に連携して対応してください。」
 という条件で、非常時以外は当社が対応することがないようにしてスタートした。
ところが、彼女の絡みで紹介を受けた利用者から入浴介助をして欲しいとの依頼が相次いだ。
 何しろ、私の営業スタイルで日常支援はヘルパーさんに全額還元。しかしそのままでは交通費、通信費を出すと逆ザヤになってしまう。
 そのマイナス分を、身体介護の50時間で解消するケースが何例かある。
 ところが、この女性が絡んだケースで身体介護をしない、日常支援の中で入浴介助だけはしない、というケースが発生した。
 この女性は、楽な会話程度の時間で日常支援の報酬を得るようなことを考えて実行に移していた。
 先日も、
 「○×さんは居りますか。」
 と、問い合わせがあった。
つまり、当社に在籍しているかどうか、その確認のような言い方だった。
 その女性も、私に対して
 「障害地域在宅センターの所長さんをご存知だと言っていましたが、私のことは絶対口に出さないで下さい。」
 と、念を押された。
 欲の皮が突っ張っているような女性で、金の匂いに敏感で、自分が人にどう思われているのか振り返る余裕も無い。
 当社の、支援費責任者のガマが
 「楽な仕事をしていいとこ取りはいけません。最初の約束が履行されなければ、この契約は反故になりますよ。」
 と、はっきりと釘を刺して置きました、と言っていた。
 私には言えないことを言える彼と、これから当分青春ドラマを演じる。
 21日に振り込むヘルパーさんの給与計算が終った。前月より75万円も増えている。勿論収入はそれより多く、120万ほど前月より増加した。
 来月から支援費の、ヘルパーさんに対する支払いが始まる。収入の実現は、6月末からなので、妻に頼んで融通をして貰う資金繰りがまた必要になる。

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