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		<title>トップハート -まごころ介護-大阪・守口・大東</title>
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		<description>トップハートからのお知らせを配信。</description>
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		<category>Weblog</category>

		<item>
			<title>トップハート物語（５４６）立志伝昇竜編 (12/05/20)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月下旬。講習準備の為に７時半時事務所に集合の予定だった。しかし、この日の講師をお願いしている、カリスマ美容師が昨夜打ち合わせに来たいというのを断って、今日の朝にした。７時に事務所へ行った。<br />　資料の準備をして、打ち合わせをして集合事務所へ行こうとした時に、後出し美容師がいつものように、<br />　「使用したタオルの金額はどのように請求させてもらったら良いでしょうか？」<br />　誰もお願いした覚えはないし、実際ヘルパー講習で使用するものは自宅に有るものという事で、タオルなどは受講生が持参してくる。店で使用する物を持って来て売りつけるなんて、それも後出しだ。<br />　今回限りで、彼を講師としてお願いすることは無いだろう。美容を通して、福祉に携わりたいと自身もヘルパーの資格を取得して活動していると聞いていたが、ここ数ヶ月関わって来て、後出し請求が多く不快な思いをしていた。<br />　ベットや実習備品を持って研修会場へ向かった。助っ人に来た男性の学生ヘルパーは、車で４０分も掛けてこの準備約１時間の為に来てくれた。余りにも可哀想なので、この後何時まで仕事が出来るか聞くと、１２時頃までだというので４時間の援助を依頼した。<br />　１日約１５時間の援助をしている障害者が居る。支援費責任者が毎日半分くらい、土日はほとんど担当している。<br />「その時間を他のヘルパーさんに振って、自分はもっと管理者として必要性のある仕事に就く様に」<br />と指示をしているが、中々障害者の彼から離れようとしない。<br />　学生ヘルパーを連れて、強引に担当者を変更させた。暫く話をしていると、責任者が、<br />　「障害者自立支援センターには何時に行くことになっていましたっけ。」<br />　と、私に聞いた。<br />　一瞬何のことか分からなかった。暫く考えて思い出した。ガイドヘルパーの講師を探して色々伝手を頼って、やっと辿り着いた脈のありそうな相手先と、時間が取れる面談の約束はこの日の１０時だった。その時間は既に迫っている。<br />　慌てて休みの智子さんを呼び出して、車で迎えに来るように依頼した。何しろ、私は車が運転出来ないので学生ヘルパーの車に便乗して来た。支援費責任者も運転出来ないので自転車で来ている。加えて、打ち合わせをすっかり忘れていたので資料を持って来なかった。<br />　支援費の責任者が、<br />　「事務所にある私のカバンを持って来てくれれば、その中にあります。」<br />　と言うので、智子さんに事務所に寄って来てから来るように言った。<br />しかし、責任者は心配になって、智子さんが事務所に着いた時に電話で、自分のカバンの中身を確認させた。どうやらないようだ。あれこれ近辺を探させたが、埒があかないので一旦事務所に戻る為に迎えに来てもらった。中年男の無駄な動きが、効率の悪さを曝け出している。自分の事ながら、情けなく思った。<br />　事務所を出た時には、既に約束時間近くだった。電話で詫びて待って貰うことにした。移動に要した時間は日曜日の空いている時間帯とあって、４０分程度で済んだ。<br />　その間、研修の同行訪問者がこの日に予定があるが、まだ何の連絡も無いと電話をして来た。担当者に連絡した。その後に、同行訪問者が来ないと、指導ヘルパーさんから電話。間髪を入れずに同行訪問予定の利用者宅から、予定時間になっても来ないと連絡があった。休日なので、転送される電話はすべて私に来て、その中継となっている。<br />　支援センターの責任者とは、最初は警戒心があったようだが段々と話をして行くうちに打ち解けて、この日の読売新聞にも掲載されているとのカンセラーを紹介して貰うこととなった。糸口が見えて来た。<br />　この切っ掛けは、智子さんが１級居宅従事者の研修中に配布されたパンフレットを持ち帰った事だった。なんでもない行為が、ひとつのものを生み出す。<br />　帰りに、最近多くなった讃岐うどんチェーン店に寄り昼食、事務所へ戻ってまた枕を出して畳の上に横になった。動きが止まると、座位の姿勢も取れないくらいに頭部に異常を感じている。何と１時間半も寝てしまった。傍に電話置いていたが何度か鳴った着信音は、ほとんど覚えていない。<br />　最後の電話で目が覚めた。アルバイトとして勤務している、３０歳になったばかりの宏美さんに子供が出来たとの連絡を、母親である美智子さんから受けた。なにしろ、その非正規雇用であるのに社員以上の働きをするので、非常に重宝している。その者が抜けたら大変なことになってしまう、と頭がますます混乱した。<br />　しかし、既に２人の子供を亡くしている。もうこれ以上無理をさせるわけには行かない。彼女は、母親である美智子さんに、<br />　「今抜けたら仕事を外されてしまう。」<br />　と、私に言いそびれていたという。<br />仕事が大好きで、毎日はつらつと仕事をこなしている。だから私は甘えて仕事も次々任せていた。目の前が暗くなった。会社にとっては大打撃だ。<br />　研修は夜の７時近くに終った。講師であるケアマネなどの資格を所持している先生に、相談したい事があるとの言葉を受けた。<br />]]></description>
			<pubDate>Sun, 20 May 2012 06:00:00 +0900</pubDate>
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			<title>トップハート物語（５４５）立志伝昇竜編 (12/05/19)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月下旬。契約書に代表者印が欲しいとのことで、８時半に私の居る事務所で支援費責任者と会うことになっていたが、既に部屋の前で待っていた。<br />　直ぐに、まだ継続しているアルバイトをしに行く為だ。今月採用時に、現在行っている他の事業所に貴くしている障害者に対する援助は、他の人材が決まるまで継続して良いとの許可を与えていた。<br />　何故なら、彼の収入は試用期間３ヶ月の間完全歩合制で、確保した利益の応分を支払う為に、実現しなかった時のことを考えてあげた。区の道路標識の汚損調査と障害者に対する援助を認めた。<br />　その仕事に向かうために、早い時間に終えたいという事で、事務所前で待っていた。必要事項の打ち合わせをしながら、押印をしていると、新人サービス提供責任者が出社して来た。<br />　彼女は、名門短大を卒業してアパレルメーカーに就職。１２年間一般事務を経験。介護サービスの職業訓練校を９月卒業し、１級訪問介護員資格取得。縁あって当社に就職。<br />　１５日から出社。その行動力、能力、責任感など評価をして、本来は３ヶ月の試用期間だが、今月末で終了し１１月から正式に社員として登用しようと考えている。<br />　本来の席は、隣の指定事業所にあるのだが、自然と私の居る事務所へ出社するようになってしまった。<br />　指示が私から出ているのと、資料などもあり、パソコン操作が必要だがそのソフトは私のパソコン内に入っている。そんなこんなで、この事務所に出社して来る。<br />　現在は、机が２個しかないのに、その様な形で４人常駐している形になった。指定事業所には介護事業所４人、支援費事業所２人の席がある。支援費は２名常駐しているが、介護事業所は２人しか居なくなっている。<br />　その２名の管理責任者と、サービス提供責任者が本社へ異動するので、本社に行くなどしてほとんど席に居ない。すべての電話は転送で私に掛かる。<br />　３０分ほど打ち合わせをして、援助に出掛けた。待ち合わせをしていたが、一向に来る気配のない社員。何度か電話をして、やっと出た。忘れていたとのこと。困ったものだ。新人に追い越されてしまう。<br />　余り気の進まない援助で、流石に途中で気持ちがそっぽを向いてしまった。<br />　実は、軽い脳梗塞で麻痺が残ってしまった利用者のリハビリで、毎日近所の整骨院へ徒歩で同行する、というケアマネジャーの依頼だった。毎日通院介助とは、少々遠くても良い仕事だと喜んだ。<br />　面談時に、もっと行きたい眼科や内科が有るとは聞いた。初日、その整骨院へ行ったヘルパーが、明日はいつもと違う病院へ行くそうですとの連絡を呉れた。<br />　たまたま車で利用者宅へ行ったが、それに乗せてくれという事になった。その日から病院が変更になり、援助内容も通院等乗降介助に変更になった。<br />　近所の整骨院は、家族に行って貰うとのことになり、本当に当社車両はタクシー代わりとなってしまった。誰がどのように仕組んだのか分からないが、ケアマネも余り口を出さなくなった。<br />　そうこうしているうちに、利用者が通っているのはＣ型肝炎の治療だと判明したが、ケアマネジャーからの情報は全く無かった。そのことをケアマネジャー言うと、<br />　「特別意識することはありません。私の担当している利用者の方でも、かかっている方は意外と多く居ます。血液に触れなければ大丈夫ですよ。」<br />　挙句の果てに、生活保護を受けているということだが、立派な家に高級車が止まっている。娘の家に投宿しているというが、親族の財産も調査の対象になっている筈だ。その上で生活保護を受ける。何から何まで胡散臭い感じがするが、契約したので仕方がない。<br />　その介助を終えて、携帯電話屋に向かった。どうしても、今月中に買い換えたかった。既に今の携帯電話は、２年４ヶ月も使用している。ポイントも無くなるので勿体無いし、電池がなくなるのが早く仕事中に使用不能になってしまった事が何度かある。<br />　無料で買い換えができるくらいのポイントだったが、色々機能が付いているよりシンプルで、手に一番フィットするのを選んだら一番安かった。５，０００円ポッキリ。まだまだポイントが残っているので、車輌の中で利用する充電器を購入した。<br />　昼食後、不足しているものを購入しようと１００円ショップに寄った。行きたい行きたいと思いながら、行くことが出来なかったが、やっと行けた。何しろ、無くなっていた石鹸や洗剤を、ヘルパーさんに仕事の途中で買って来て貰っていた。この日は、私の部屋の数箇所切れている電球や、壊れている小銭入れを購入した。<br />　事務所に戻り、自分がしないといけない仕事を、他の社員に振ってさせた。自分がすべてをすることは、自分のためにも社員のためにもならないとは考えてはいる。しかし、この日はその様な理由ではなく、体がきつかったからだ。<br />　枕を抱えて、事務所で横になった。畳が目の前に見え、体がひんやりとして気持ちが良かった。このような状態が今の私には一番いい。血圧が高過ぎて、いつ倒れてもおかしくないと思っている。倒れたら、どうなるのだろうか。こうやって全く私や知人などの関係の無い土地で倒れたら、誰かが気付いてくれるのだろうか。一生懸命に利用者に向かって行った事を誰かが親族に伝えてくれるのだろうか、そんな事を思いながら意識が遠くに行っていた。<br />]]></description>
			<pubDate>Sat, 19 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５４４）立志伝昇竜編 (12/05/18)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月下旬。朝、８時過ぎヘルパーさんから電話連絡があった。利用者のベットのヘッドの部分が、いくら操作しても上下しないとのことだった。まだ、業者やケアマネジャーは仕事が始っていない。丁度、デイサービスに行く日なので駆けつけなくて済んだ。<br />　仰向けに寝ると気道が塞がれて、窒息してしまう利用者で、普段は籐製の座椅子に座って過ごし、そのまま寝る。ほとんどがテレビの前で、ＡＶを見ている。うず高く積まれている数百本の中から、ヘルパーさんが持って帰って発覚した事があるという。私が最初アセスメントに伺った時にも数本渡された。どうしようか迷ったが、理性が勝った。<br />　前夜、通院介助に要した時間を、ケアマネジャーから聞かれたのでその返事をしないといけなくて、出勤前に連絡したかったので早めに事務所へ入った。<br />　ベットの不具合の件と、通院時間の件をそれぞれのケアマネジャーに、電話とＦＡＸで連絡した。<br />　通院介助の利用者は、緊急リハビリと検査などで今月はあと数回通院する。その分を提供票に入れて、送信して来た。点数ギリギリとなった。その利用者の旦那さんも、前月に続いて点数オーバーする予定だ。<br />　昼からは、昨日に続いて同じケアマネジャー担当の新規アセスメントがあった。<br />　昨日の新規契約者は、事前情報でかなりの援助が必要との思いをさせるに十分だった。糖尿病のため弱視になって、ほとんど何も出来ない。爆発物を所持していたというが定かではないが、それが爆発を起こして指がない。奥さんも、糖尿で余り動けない。<br />　色々利用者の状態や援助を想定しながら、その対応など頭の中に描いていた。ところが、ひと通りケアマネジャーが説明して、次の利用者宅へ行くとの言葉を残して去ったあと、具体的な援助内容に移った。奥さんと言われる同居人が、<br />　「普段は私がすべてしますので、ヘルパーさんは要りません。月１回だけ、病院へ連れて行って欲しいだけです。」<br />　現実はそんなものなのだ。<br />ケアマネは、大分援助が必要だと言っていたので、途中で気持ちが冷めてしまった。<br />　同じケアマネジャーが、この日も新規利用者を紹介してくれた。今度も、<br />　「末期ガンに掛かられている方で、遠くの病院へ通院やら、買い物などの家事的な援助が多く必要です。」<br />　とのことだったが、彼の性格からして勝手に言っているのだと判断して、調査に行った。<br />　「通院は一人で行けますので、結構です。掃除が大変なので、１時間では少ないでしょうから２時間程度、週１回で結構です。あとは自分で出来ます。」<br />　そんなものなのに、このようなケアマネジャーが段々援助を増やして行く。<br />申し訳ないと何度も言いながら、次へ向かった。何となく胡散臭い利用者宅へ一緒に行って欲しいという。同行したら、次の私の予定が狂ってしまうが、その方を優先した。<br />　車中、支援費の利用者から電話があった。<br />　「集金に１０日まで来ると手紙があるのに、何故来ないのですか。ヘルパーさんに聞いたのですが、担当者が変更になったということですがどうしてひと言も連絡が無いのですか。」<br />　最初の頃に、この方はきちっと対応していれば色々紹介をしてくれるとの話があったので、気には掛けていた。直ぐに支援費責任者に電話をした。彼は、前任者と代わった時に、直ぐ数日で全利用者へ挨拶に行く、とか全ヘルパーさんに連絡するとか、言う事が格好良いが、実行した事がない。厳しく、そのことを叱責した。<br />　直ぐに挨拶に行くよう指示して、心配なので落ち合い、自宅へ同行した。<br />　「ひとり、直ぐに認定を受ける方がいるので、認定が下りたらご紹介します。」<br />　との言葉を貰って、辞した。<br />　外に出ると、支援費責任者が、<br />　「私は、まだ見捨てられてないでしょうか？」<br />　既に５０歳を越えて、大手百貨店を経て最大手介護事業所センター長の経歴が泣く。<br />　「この際だから、はっきり言います。あなたは、ひとつの物事を完成させる事が出来ない。口では大きな話をする、約束をする、その全部が出来ない。実務を出来ない人は、人を指導する事も出来ない。管理する事も勿論出来ない。みんなが見ている。今心配しているのは、支援費の請求業務がきちっとできるかどうかだ。もう時間がない。出来ないなら今月分の支援費３５０万円が飛んでしまう。それなら自分がする。」<br />　事務所に夕方戻って来た。<br />仕事をしたいが、何となく頭がボーッとしている。高血圧になって居る。事務所に居たヘルパーさんが、出掛けたのを機に、専用枕を出して電話の子機と携帯電話を横に置いて身体を横たえた。畳の部屋でよかった。このまま自分はどうなって行くのだろうと僅かに思い掛けていたが、直ぐに数本の電話が鳴って、受話器を取ったがほとんど意識が無く眠っていた。気が付けば１時間半経過していた。<br />介護や支援費の事務所と異なる建物なので眠れる。<br />　気が付いて部屋に戻る。<br />転送電話が鳴る。<br />いつも通院に私が同行する障害者夫婦からだ。この日は、新人を行かせて私は遠慮した。血圧が高かったのに放置していた付けが徐々に出てきた。<br />]]></description>
			<pubDate>Fri, 18 May 2012 06:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５４３）立志伝昇竜編 (12/05/16)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月下旬。朝一で、前日電話依頼のあった利用者宅へ行った。この日の通院介助担当ヘルパーさんから、<br />　「利用者が全く動けなくなって、ベットから車までおぶって移動しないといけないのですが、不安です。もう一人連れて行って良いですか。」<br />　と、問い合わせがあった。<br />時間は既に夜９時を回っていた。もうケアマネジャーとは連絡が取れない。介助は翌朝の８時。二人介護をしても、ケアマネジャーの了解なしでは無理。勿論あとから了解もらえるケアマネジャーの方が多いが、その利用者の担当ケアマネジャーはダメ。点数もオーバーしそうになっている。<br />　結局、私が４０分掛けて徒歩で利用者宅へ向かった。早朝の散歩は気持ちがよく、意外と早く着いた。<br />　何度も感謝の言葉を述べる利用者を背に歩く。総合病院では、看護師さんが玄関まで車椅子を持って来てくれたが移乗はしない。足が動かないので、残存機能を活用したトランスファーでは無く抱き上げて移乗した。私の分は報酬が発生しない、みんな丸く収まる。先日も、障害者の身体介護の時間が多くなり、市役所も了解していた筈なのに、１００時間を超えた身体介護で困惑していたので私の実績８時間削ることで、調整した。<br />　徒歩で自室へ戻った。何度か外部から名指しの電話が事務所にあり、自室から電話した。<br />　ひとつは前日の施設実習中に事故を起こした受講生。もう一人は、その施設の施設長。前者は現況を伝えたが、後者はその事故の処理に変化があったのか少し不安があり、電話するのも躊躇した。意を決して電話した。<br />　「昨日のヘルパーさんから連絡がありましたか？車椅子の操作の基本中の基本ですからね。ところで、今日の電話は当施設の新設披露パーティーの招待状をお送りしたいのですが、住所、正式肩書きを教えて欲しいのですが。」<br />　遣られてしまった。脛にキズがあり行かざるを得ない。祝い金も最低５万円は考えないといけないだろう。仕方がないか。<br />　事務所へ戻り、打ち合わせ。今度本社で採用したアルバイトの取扱いの協議。意外と重宝しているとの報告はあったが、実態を書面で出して貰った。ほとんど空白の時間が多かった。<br />　常勤採用を目論んでいたが、これでは納得出来ない。実態を聞くと、集金や書類の整理、突然のスペアなど雑用で、直接的収入に結びつく業務はほとんどなく、試算的にも週１０，０００円程度の仕事しかしていない。<br />　仮に、１日拘束している中でこのような働きでは、常勤には不採用だ。だから、当事業所へ移す。男性ヘルパーの仕事は多いし、あらゆる種類の仕事がある。仕事は面白くさせないといけない。使い勝手が良いからと雑用では、この業界は金銭を支払う余裕がない。<br />　その代わり、女性ヘルパーで有能な常勤社員を入れると言ったが、今度代わる本社管理者の新旧が納得しない。本人が可哀想だが、仕方がない。<br />　午後１時間から、新規アセスメント。新人サービス提供責任者が同行。<br />２時、事務所に戻って、コンビに弁当を食しながら支援費の打ち合わせ。<br />３時、ヘルパー養成校責任者が来社、同行訪問の打ち合わせに。<br />　４時、知的障害者授産施設へガイドヘルパー講習の打ち合わせに。<br />５時、訪問介護員養成講座の施設実習の依頼にデイサービスセンターへ。<br />　６時、訪問介護員養成講座同行訪問利用者宅へ挨拶に。<br />７時、知的障害者宅で「京都散策」ガイドの打ち合わせ。<br />　８時、訪問介護員養成講座受講生と補講の打ち合わせ。<br />その補講対象の彼女は少々派手な化粧の２２歳だが、何とか卒業させてあげたいと思う。<br />「何で休んだんだ」<br />と、少々強い口調で言ってしまったが、<br />「家庭の経済的事情があって松下の工場で働き出したから。施設で働く希望だったのですが、家にもお金を入れないといけないので工場で働き出しました。お金を貯めてから施設へ行きます。在宅のヘルパーは直ぐします。」<br />　多くを語らなかったが、２２歳の細い腕に家族がのしかかっているのが分かった。自分の事を振り返った。私の家も貧しくて中学校を卒業したら働こうと思っていた。しかし、母親が将来必要だからと言って、自分が鉄工所などで働いてお金を工面して高校に行かせてくれた。それが無かったら、今の自分はどうなっていただろうと思った。私の彼女に対する時間を作って、補講をして早く卒業させたいと思った。彼女の将来はどうなるんだろうと、気に掛かった。その後、彼女の事が心配で暫くの間声を掛け続けた。<br />　９時、支援費担当者との打ち合わせ。責任者が、事務処理が出来なさそうなので不安だった。管理者変更届がなかなか出来ない。何度も不受理となる。<br />　書面監査の書類も出来ないと言い出した。契約書も作成が出来ない。採用時に、請求関係はしていたので完璧に出来ますと言っていたが、この日再確認した。<br />　「請求業務が完璧に出来て、初めて一月の業務が終る。本当に大丈夫なのですね。」<br />　「前の会社業務で支援費の請求はしました。実は、６月で辞めているので、返戻されたかどうかは分からないのです。」<br />　そんな言葉が、今頃出て来た。<br />　実務が出来る者が欲しい。<br />　長男が最適だが、親の勝手で巻き込むわけには行かない。<br />　また、人材探しをしないといけない。<br />]]></description>
			<pubDate>Wed, 16 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５４２）立志伝昇竜編 (12/05/15)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月下旬。夜も７時を回って、そろそろ帰ろうかと準備をしていた時に、当社の訪問介護員養成講座の実習施設先の施設長から電話があった。<br />　「実は、お宅の実習生が入所者に怪我をさせてしまったのですが、直ぐに来れますか。」<br />　私、事務所に居た社員、支援費責任者が直ぐに準備して出た。駐車場に向かいながら、講習担当者に連絡をした。駆けつけるとのことだった。<br />　数十分後施設に着いた。この道すがら、どんな事故を起こしたのか、今まで数百人の卒業生を輩出しているが、施設内での事故は初めてだ。<br />　軽度であればと願ったが、実習終了予定時刻から既にかなりの時間を過ぎている。病院へ行っているのだろうか、もっと悪い事が起きているのではないだろうか、そんなことを考えながら、みんな押し黙っていた。<br />　施設では、応接室に通されたきりで、かなり待たされた。暫くして、懇意にしている施設長と、相談員が来た。<br />　事故状況は、常にずり落ちる体制にある方の車椅子操作の際に、足が下に入り込んでしまって、上体が前倒しになってしまったようだ。<br />　その時は、まだ病院での状況が分からなかったが、帰る途中に連絡が来た。<br />　「入所者は、落ち着いていてＭＲＩでも問題が有りませんでした。家族様もかえって迷惑を掛けましたとのことです。このまま穏便に済みそうです。」<br />　帰り際、実習終了時刻より３時間近く経過しているのにまだ居た受講生が、玄関に来た。しかし、施設の方でまだ詳しい話を聞かないで頂きたいとの要請から、「あとから」と声を掛け、何か言いたそうな顔を見ながら、無情にも玄関を出た。<br />　帰りながら、可哀想な気持ちがこみ上げて来たが、このような時には相手の指示に従がうことだけしか出来ない。<br />　それにしても、最悪からの脱出に一同ホッとして事務所へ８時過ぎに戻って来た。<br />　午前１０時過ぎに、顧問税理士が来た。本来なら、私と先日採用した経理職員が同席する筈だった。しかし、あのようにトンだ偽りの経歴で何も出来ないと判明し、４日目に辞めてしまったので、私一人で対応した。<br />　本当に、情けない税理士で、二人来たがこれ幸いと、また、ソフトを購入させようとそればかり進める。私は、当社の実績を見て何か経営に参考となるアドバイスをして欲しいと要請している。それについては、何も言わずにとにかく３０万円もするソフトを購入してはどうかと進める。<br />　加えて、一人２千円で年末調整を２００人、４０万円を掛けてするという。それを自分のところでさせてくれとしつこい。<br />　「高い。」<br />　いろいろうるさいので、言葉を遮って断った。何しろ彼の家族の奥さんとお子さんは当社のヘルパーさんだ。それがなければ切りたいのだ。<br />　支援費責任者にガイドヘルパーの講習開設を依頼していたが、全く進んでいない。イライラしていた。何しろ既に、１１月に開設すると口外しているし、問い合わせも多い。それなのに、一つ一つ指示をしても、その半分もしないで居る。<br />　大きな会社のそれなりに実績を残している人材だが、実務が全く出来ないようだ。仕方がなく、私が前面に出るようになった。視覚障害者支援センターへ連絡したが、担当者不在で日曜日にお会いすることになった。<br />　この日は、予定していた新規アセスメントが翌日に延期になってしまった。援助の方も、予定者が風邪の為にキャンセルになってしまった。急遽お願いした施設実習先が基準に満たない事が判明し、そのお詫びに行こうと思ったが、不在で行けず。<br />　何とか外に出たいと、新たな施設にお願いに行こうと思ったが、了解は貰ったがお会いするのは明日と返事が来た。<br />　既に３時を回っていた。お腹が空いたので、部屋に帰った。本当は、外に出て何故か牛丼を食べたかった。部屋でお茶漬けを掻き込んだ。<br />　長男から電話が来た。先日、遠方から来て給与やスケジュール管理のソフト作成してくれたが、そのお礼に２０万円までのパソコン購入資金の提供を告げた。<br />　「２５万円のパソコンを買うことに決めた。」<br />　長男らしさを失っていない。何でも良いものを求めて、金が貯まらない性格だ。親子は争えない。<br />]]></description>
			<pubDate>Tue, 15 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５４１）立志伝昇竜編 (12/05/14)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月下旬。遅くなったのでもうそろそろ自宅のマンションに帰ろうと思っていた矢先、翌日に予定されていた通院介助の利用者家族から電話で、風邪の為にキャンセルが告げられた。<br />　２名介助の上に、特殊車椅子を使用するので、当社介護車輌での移送は無理で大型介護タクシーを予約している。その窓口は当社で、仕方がなくキャンセルの連絡をした。依頼する分は良いが、キャンセルは相手のことを考えると気持ちを重くさせる。<br />　当然、相手の口調は厳しい対応となる。実は、当社でも男性２名が必要となるので調整は難航を極めている。やっと、前日のこの日に対応するヘルパーさんが決まったところだった。<br />　病院内移動介護を含めて、３名が担当する。そのヘルパーさんがすべて、仕事がなくなってしまった。勿論介護タクシーの方も。連絡があったのは、既に夜の９時近くだった。<br />　午後３時頃に、役所へ出かけようとした寸前に、隣の市役所から電話があった。支援費の関係だ。この地域は、営業区域だが介護保険の業務はあるが、まだ支援費の業務はない。<br />　「業務の確認ですが。夜１０時半から明朝９時半まで、２時間おきに３０分の援助は可能でしょうか。３６５日です。」<br />　「巡回型ですか。男性でも良いでしょうか。」<br />　「男性ですか。お宅は可能なのですね。出来るかどうか、全事業所に確認しているのですが。週３回、１７時から２時間機械での入浴介助もありますが、対応可能出来ますか？」<br />　「男性ではダメなのですか。男性であれば可能です。入浴は勿論可能です。」<br />　「男性で結構です。遠いですが、出来るという事で宜しいですね。」<br />　「結構です。情報をお送りください。」<br />　そんな話があった。丁度、支援費担当者が側に居て、私の会話を聞いていた。<br />　「まず、受けて対応を考えましょう。」<br />　と、私と同じ考えを口に出した。男性ヘルパーはこのところ多くて、十分耐えられる。あとは、業務以外の時間をどのように過ごすか、だけだ。車内で仮眠するのがベターだと思う。泊まり込みの例はいくつかあるが、巡回型は初めてだ。果たして当社に依頼して来るかどうか。<br />　夜７時半に、当社講習修了者の娘さんがヘルパーの資格を取得して、登録したいと当社を訪ねて来た。彼女は、当社の卒業生ではない。しかし、何かの縁があるので登録を受けた。<br />　運転も出来て、医療事務をこなしかなり能力を発揮できそうだが、既に前日、その方面の仕事をしてもらうために社員採用を前提に面談を終えたヘルパーさんが居る。あと１日早ければ良かったと思ったが、あとの祭りだ。<br />　１４時からは、「組長さん」の外出援助の予定だった。先日、電動車椅子を購入しその練習の付き添いを兼ねて通院の予定をしていたが、雨の為に中止になった。先日初乗りだったようだが、何度か運転を誤って溝に落ちたらしい。その為に、男性ヘルパーが必要になっている。<br />　中々行けなかった区役所へ、雨の中電車で行った。先日から担当した障害者の支援費契約内容を届け出た。電話では話をしていたが、気持ちの良い、後味の良い担当者だった。<br />　「とにかく利用者の立場に立って、援助プランを建ててあげて下さい。限度はありますが、必要があれば時間を増やすなどその援助は惜しみません。」<br />　そんなことを本当に心から言える役所の人間は、そうざらには居ない。<br />　夜７時頃に、本社管理責任者と長い時間話した。今月で退職だ。本当に優秀な社員だった。病気克服と学業に専念する。<br />　その彼女に、余り関係のない例の困った障害者が電話をして来たという。先月から私が担当して、大分虚偽に振り回されたが、今月から厳しく対応している。いままで、彼も３０代前半という事で年齢の近い男女ヘルパーを派遣して来た。<br />　家事は女性ヘルパー、入浴は男性ヘルパー。そんな感じの基本線だったが、彼は入浴を夜から、昼に持って来たりして、男性ヘルパーが入れない時間に変更して来た。週４回の入浴介助は、２０代後半と３０才に成ったばかりの女性ヘルパーが担当するようになった。<br />　挙句の果てに、ヘルパーさんによって同じ業務をするのに、最高５時間から最低１時間半にバラツキが出てくるようになった。多くの時間を担当しているので１０名ほどのヘルパーさんで支援を行っている。<br />　勝手にヘルパーさんに直接依頼したりして、その調整が出来ない状態に成った。気に入ったヘルパーさんには、１日何度もしつこく電話をするようになった。運転中だろうが、家庭でくつろいでいる時間だろうが、お構いなし。<br />　ついに意思を統一して、窓口を限定してヘルパーさんには電話に出ないように指示した。まだまだしつこい。<br />　今度は、３０代の本社女性管理者へ連絡をしたようだ。彼女とは関係のない、男性ヘルパーさんに伝えてと言って来たという。電話番号は知っている筈なのに、何故直接男性ヘルパーへ電話しないのか。いい加減にしろよ。<br />]]></description>
			<pubDate>Mon, 14 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
		</item>

		<item>
			<title>トップハート物語（５４０）立志伝昇竜編 (12/05/11)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月下旬。朝、先日採用した高年おばさんと事務所の前で会った。全くパソコンを操作することが出来ないのに、<br />　『ワード、エクセル、各種ソフトを活用して事務全般を処理する能力を備えている。』<br />　と記されている書類がある。組織図を簡単に手書きで書いたものを示した。直ぐ作成するように言ったが、その日は何もしなかった。翌日朝、再度作成するように指示した。<br />　私が居ない間に、紹介時に教えると言っていた筈の社員に、教えて下さいと何人かに声を掛けたようだ。誰も教えないので、仕方がなく、１日掛けて作成したようだ。その出来上がったものが、１０行程度の役職名と氏名だけのものだった。その間６時間。<br />　叱責したのは当然。彼女の為に、パソコンを購入してわざわざ大宮から長男に来て貰って設置した。そのことを話しても、現物のパソコンを目にしても、出来ないことはおくびにも出さないで喜びを最大限表現していた。<br />　しかし、バレた後は<br />「どのような処置を受けても結構です」<br />当然の事だが言って来た。あれほど採用条件に、介護は行わないと言った筈なのに、介護をしますと申出て来た。<br />　月曜日に援助をして貰うことになったので、調整担当の鬼の管理責任者が彼女に、その予定を取ってもらう為に、夜電話した。その時、土曜日も来ると言ったらしいが、してもらう仕事がないので来てもしょうがないと返事をしたという。<br />　そして、この月曜日に事務所下で彼女が待っていた。私は一瞥して打ち合わせの為に事務所へ入った。追いかけて来たが、打ち合わせの時間が５分くらいしかないので、その方を優先した。終った後、<br />　「信頼を失いましたので、私の処置はどのようにされても良いです。これからどのようにしたら良いでしょうか？」<br />　「それは私が決めることではない。貴方が決めることだ。今日はこれから介護をする事になっている筈だ。それはきちっとしてもらわないと、利用者に迷惑が掛かる。年末調整を担当して貰うのが主目的だった筈。水曜日に税理士と打ち合わせをしないといけない。遣るのか遣らないのか、今日仕事が終った後に結論を出して欲しい。」<br />　そして、彼女の定時と定めている午後４時前に電話で退職の申し出があった。短いコントをしているような感じがした。<br />　悪徳顧問税理士から、年末調整ソフト、打ち込み込み合わせて７０万円を提示され、それを蹴って自前で対応する為に採用した。その彼女が言った経理ソフトを操作出来るとの内容も、全く使用したことも無いとの事だった。水曜日には、税理士との打ち合わせ時間を取るが、その当事者が居なくなる。結局は、私がする事になる。<br />　本社への異動を実施すると、通院等乗降介助で多くの利用者を担当していた管理責任者、サービス提供責任者の後任が必要となる。その為に、当社講習卒業者名簿から一人探し出して、勧誘した。<br />　先日面談をしたが、少々感覚が私と合わないような気がした。確かに、母子家庭でその恩恵をあらゆる面で受けているのに、会社に正社員として採用されれば、その生活が一変する。すべて自分の収入で賄わないといけない。だから金銭に拘っていた。<br />　最初に希望額は税込み１８万円。しかし、手取額と恩恵を相殺するとマイナスという結論だった。彼女の能力と私が最大限出せる金額を提示した。月額２４万円。しかし、賞与はなく年俸２８８万円を１２等分するだけだ。<br />　もっと多くの金額を望んだが、断った。再度検討して、叔父さんと来たいとの返事だった。どうも私との感覚が違っているので、遠回しに断ろうかと思っていた。まず自分のやる気と実績を示して報酬を要求するのではなく、最初から自分の欲しい金額に拘るのでは、先が思いやられる。<br />　そう決心をして、この日の面談に臨んだ。ところが、来たのは一人で叔父さんの姿が見えなかった。<br />　「決心したので、一人で来ました。お世話になりたいと思います。」<br />　思わず、困惑。逃げの体制に入った。<br />　「後から後悔しないように、最初は登録という事で、時間を掛けて当社にアルバイトで来て、良く理解してから来て欲しい。」<br />　そんなことを言っていた。何とか良い方向を決めないと。<br />　昼間、障害者夫婦の通院介助をした。診察の合間を縫っていつものように、血圧を測定した。２度計った。上が１６２、１７０。下が１２６、１１２。急に頭が痛くなって来た。少々ショック。後頭部や、前頭部の皮下部分が何となくうずく。利用者夫婦に、<br />　「あんたが居なくなったら、我々は生きて行けなくなる。身体を大事にして下さい。」<br />　同行のヘルパーに、<br />　「ちゃんと守ってあげてな。」<br />　と、声を掛けていた。どちらが援助をしているのか。<br />　夜、ケアマネジャーから電話で新規２件依頼があった。これで、私の居る事業所は先月と同じ今月も新規５件になった。　<br />]]></description>
			<pubDate>Fri, 11 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５３９）立志伝昇竜編 (12/05/10)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。電話もほとんどない、穏やかな日曜日だった。<br />　朝は、研修の準備で７時半に事務所へ集合した。重いベットや各種備品を車数台で運ぶ。研修会場の前に行くと、１０日迄で退職した元本社サービス提供責任者が来ていた。この日の講師の一人だ。<br />　退職して初めて会った。<br />　「どうだ、元気か。新たな仕事の方はどうだ？」<br />　「３日目ですが、もうだめです。」<br />　彼は、大型免許を持っているので運送会社に就職してしまった。<br />あれほど福祉の仕事をしたがっていたのに、家庭がうまく行かずに泣く泣く転職。当社のヘルパーさんとして登録し、夜活動している。この日は、講師として対応してくれている。<br />　少し遅れて、カリスマ美容師が来た。この日の午前中の講師だが、色々と一緒に行動したがる。後からが怖い。<br />　昨夜も打ち合わせと称して、事務所へ来た。講習関係の話をひと通りして、帰る時にメモ用紙を出した。<br />　先日泊まり掛けの仕事を依頼した。と言うより、その利用者の家族と懇意なので自分から買って出た。その後も、色々その家族から直接電話を貰って相談に乗ってあげたり、一緒に病院などに行ったりオーナー美容師とは全く関係のない仕事に入り込んでいた。<br />　本当に心から、福祉の仕事をしたいと思っているのだろうか、顔はそれを否定していると感じていた。やはりだった。その、相談などの電話代や交通費、食事代など請求して来た。約６，０００円余り。後出しの関西人は怖い。<br />　だから、この日も手伝いをしたいと申し出があった時は、一度は断ったが講師でもあるので、その強引さに押し切られた。そのことは、夜も反映していた。<br />　講習が終ったのは、夕方６時過ぎで後片付けなどして事務所へは、７時過ぎに戻って来た。彼が来ていたのである。８時に終った。そのあと、小さな声で、<br />　「今入っている援助の時の、食事代などはどのような請求をさせて貰ったら良いのでしょうか。」<br />　「登録契約書を交わす時に聞きませんでしたか。ありません。今までは自費の分の宿泊しながらの援助だったので、遠くて長時間であることを考慮して特別に出しましたが、今回からは支援費とか介護保険とかで報酬を頂くので、その経費は無理です。」<br />　「聞いていませんでした。」<br />　と言いながら、顔が引きつっていた。<br />美容師であり、思惑があってヘルパーの資格を取った。当社に登録をして、大分過ぎたが仕事がなかった。２ヶ月前に、病院での泊まりながら、援助を依頼された。男性が必要だったので、彼にお願いした。<br />　その利用者が、退院したので当社が長い時間援助をする事になった。そのヘルパーとして、彼が店の休みの月曜日に働くことになった。その勤務時間の食事代などを請求して来たのだ。<br />　また、先日もある利用者に出張美容としてお願いした。以前の話では、出張費込みの２５００円でと、まとまっていたが決まったあとに、交通費１０００円を頂きたいと言い出した。<br />　その経緯からすると、今回の講師の件も自分の美容室の宣伝を兼ねて無償だったが、どうやら後出しがあるかもしれない。試供品を大量に持ち込んで、その品物を買取ってくれと言われたが、返事をしなかった。<br />　会場の準備が終って、事務所へ戻って来た。仕事をしようとしたが、眠気が襲って来て気が進まない。一旦、部屋に戻った。久し振りに、日曜日午前中のテレビを見ていた。あの道路公団総裁の悪役振りがクローズアップされていた。<br />　何時の間にか眠ってしまっていた。相変わらず、部屋ではパンツひとつだが寒さを覚えて起きてしまった。１１時からボーとして、１２時に昼食を済ませた。<br />　事務所へ行った。机の上の書類をファイリングするだけで、２時間近く掛かった。うずたかく積まれていた、書類のヤマがほとんどなくなった。<br />　中村雅俊の「悲しみに出会うたび、あの人を思い出す。そんな時・・・・」なんか聞きながら、センチメンタルな気持ちになって「俺たちの旅」や「恋人も濡れる街角」に、若かりし頃を強く思い出していた。思いっきり大きな声を出したくなった。演歌に切り替えた。サザンも聞き始めたが、約束の時間になった。<br />　本社のヘルパーさんが、２名相談に来た。色々、２時間以上話した。人は皆、色んな悩みや人生の苦悩を抱えて生きているのです。親を特養へ入れることになったが、順番待ちで大変な思いをしていた。私に相談があったので、その労をとった。直ぐに決まったのでその御礼もあった。身近な障害者も抱えている。その相談事もあり、出来るだけの事をした。<br />　夕方から、研修会場へ向かった。デイサービスセンターで２級ヘルパー研修を実施している。そのデイの経営者が、出社して来た。当社に、職員を４名紹介して欲しいと言われていたので、丁度良かった。<br />　職員候補者を引き合わせた。大変喜んでいた。<br />]]></description>
			<pubDate>Thu, 10 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５３８）立志伝昇竜編 (12/05/09)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。智子さんが、<br />　「ここに長く住んで、友達や近所の人、家族親族と暮らしているけど、佐藤さんの近くにいると普段いない筈の変な人が余りにも多くて、驚きます。関西だからという訳ではないと思います。とにかく変な人が集まって来ています。」<br />　そんなことを言っていた。この日もそんな人が集まっている世間で過ごした。<br />　一旦事務所へ行き、新人社員候補に仕事の指示をして援助へ出た。<br />　最近体調を崩して、歩くのもやっとという透析へ通っている方の通院介助だ。その足で、リハビリの方の通院介助。続いて、リハビリに通っている「その筋」の組長が電動車椅子を購入したので、その操作練習の為の外出援助。<br />　大学３年の男性ヘルパーさんをその担当にした。途中待ち合わせて、組事務所へ行くと一人でどこかへ出ているという。時間になっても帰って来ない。操作を自分で出来るようになったので、嬉しくて遠出をしているのだろうか。<br />　彼は次の援助が３０分の余裕を持って続いている。組長の我が儘で時間を遅らす訳には行かない。「姐さん」に話をして、一緒に近所に探しに行くことになった。私は、集金と援助内容の変更があったので、重要事項変更の差し替えをお願いして敷地を出た。<br />　この組に入る前に、学生ヘルパーに対象者の情報を初めて教えた。最初は驚いていたが、落ち着いて来たので、<br />　「失敗して指を落とすなよ。」<br />　「気に入られて、組に就職出来るかも知れない。」<br />　などとからかっていた。<br />彼はボートの運転免許を所持していて、説明書を見ただけで操作を会得した。普段の通院介助は車椅子で女性ヘルパーが担当している。しかし、練習が終ったらこの電動車椅子で移動するという。付き添うヘルパーさんは大変だ。<br />　この後、車で３０分余り掛けて阪急デパートへ行った。時計の修理が出来たという。２ヶ月前に、私が当社事務所のポストを開けると、何かが落下した。一瞬の出来事で何にもする事が出来なかった。その物体は時計だった。ガラスが破損していた。<br />　事務所へ戻って、壊れた時計を机の上に置いておくと智子さんが外出から戻って来た。<br />　「あら、誰がこんなことしたの。車の中に忘れて、次車を使用したＩさんが見つけて、ポストに入れて置くと言っていた。」<br />　「申し訳ない。ポストの戸に寄りかかるように置いて有った様で、開けた途端落下した。もう少し奥に放り込んで呉れたら。」<br />　後から放り込んだＩさんが来たが、私が悪いと言いながら、その後の進展は無い様なので、私が弁済するので修理に出すように言った。阪急デパートで購入したと聞かされて、少し高いかなと思った。<br />　修理の見積りは２８，０００円と聞いて、動揺したが、約束は約束なので発注するように言った。そして、この日出来たとの連絡に、時間を作って受け取りに行った。途中あまりの眠たさに、車の中で熟睡した。<br />　戻って、サービス提供責任者と講習の件を打ち合わせた。しかし、私が彼女の許へ行った目的は、何度か話の積み重ねで本社への異動を決めたが、管理者から、<br />　「彼女は正式に話を聞いていないと言っています。」<br />　ということを聞いて、再度お願いに行ったのだ。それでも、今まで何度か社員会議を通じてその話をして、彼女も<br />　「私が行きましょうか。」<br />　ということから始って、管理者ともども異動が決定していた筈なのだ。何を今更と思ったが、スムーズに交代させたいので私の方から再度お願いした。<br />　いざ現実となると、何となく気が重いのだろう。一緒に行く管理者の菊ちゃんが、あれほど彼女が一緒に行くことを喜んでいたのだが、実は<br />　「サービス提供責任者の彼女は一度座ると何もしなくなるので、新人の田中さんがいいかなと思ったりして来ます。」<br />　などと言い、本社の人事はかなり厳しい。確かに、サービス提供責任者は大手事業所から来たとはいえ、使いものにならないお荷物になっている。これが、後日現実となって困った人材となるのだ。菊ちゃんの方が、私より目利きだ。それでももう時間がない。異動が１１月１日なので、何とかしないといけないが、適任者がもう居ない。人材不足が露呈している。<br />　昨日、通院等乗降介助の件で、社協に説明に行ったサービス提供責任者が、報告をしてくれた。全くその制度自体を知らないで、知識不足だと謝っていたという。担当ケアマネジャーは、協会内で当社にサービス提供依頼をしているのでかなり厳しく吊るし上げられたという。社協という井戸の中で、役所感覚で運営して、不正の温床と化しているのに何の処置もされない。<br />　当社自体が、業務を得ているのでそれほど強く言えないが、公平な競い合いをしたい。外部に仕事を依頼したケアマネジャーが、吊るし上げられるなんて、あってしかるべきかと思いつつ目をつぶっているのが、監督官庁の姿勢だろう。役所同士の仲間意識が強すぎる。天下り、出向先を確保することに目が行き過ぎている。<br />　夜８時頃に支援費責任者が戻って来た。ほとんど休みなく働いている。この２週間で、顎がかなりほっそりとした。同情はするが、労働契約した内容の成果は得られていない。給与に反映されるものは、まだ生み出さ無いと行けない実績がある。無駄な動きをして、実を生み出す行動がなされていない。仕事とはそういう事だ。動いているからといって評価されるべきものではない。結果がすべてなのだ。<br />]]></description>
			<pubDate>Wed, 09 May 2012 08:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５３７）立志伝昇竜編 (12/05/08)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。前夜遅い時間に、社協のケアマネジャーから電話があった。そのケアマネジャーは、所属する社協外にヘルパー派遣依頼をしている、原則理念に沿った感覚を所持している人だ。<br />私としても嬉しいが、彼女の立場を考えると、厳しい社協内的の対応が予想されて心配になって来る。その社協はヘルパーも１００人以上を数え、２００人以上の利用者を抱えている。大きな組織だ。<br />　その心配が時々現実となっている。この日も、いつもと同様にサービス提供責任者を中心に市役所から社協に出向して来た上司等が、彼女を吊るし上げたようだ。<br />　「Ｏさんの追加依頼をお宅に依頼したことに、『どうして社内にヘルパーステーションがあるのに外部に出すのか、とみんなで追及された。』良い所に出すのがケアマネジャーの仕事だと言っても聞かない。今度は、お宅の介護タクシーの許可を調べたようで、許可を受けて居ないと役所が返事をしたと言っている。それはどうなんですか。」<br />　「介護タクシーの許可は受けていないですよ。」<br />　「えっ、それでは今まで依頼したのは何ですか。」<br />　「うちはタクシーの営業権など持っていないですよ。緑ナンバーではないし、タクシー料金も貰っていないじゃないですか。通院等乗降介助の指定を受けているだけですよ。」<br />　「みんなよく分からないで言っている。その役所からの許可なんかありますか。それを下さい。」<br />　「有りますよ。届出だから、受理書がありますよ。しかし、何でそんなことしないといけないのですか。そんな時間馬鹿馬鹿しくて作れません。役所に確認すれば良いじゃないですか。」<br />　「いや、申し訳ありませんが今すぐでもＦＡＸして頂けないですか。」<br />　何度か「勝手に調べてくれ」「お願いだから写しを下さい」と押し問答した結果、仕方がなく翌日、通院等乗降介助届出要綱と届出書類一式、受理書の写しをサービス提供責任者に持参させた。それがこの日だ。<br />　ケアマネジャーから、<br />　「本当に済みませんでした。一番古株が、きちっとしている事業所を疑って申し訳ありませんと謝っていました。」<br />　新人２名の評価が真っ二つに分かれていた。問題なのは、高齢だがパソコンを駆使して事務処理全般を処理する能力があると言っていたおばさんだ。<br />　１日目でそのしっぽが見えて来た。２日目の午後、２枚の手書き原稿を渡して作成するように言った。しかし、パソコンの前に置いているだけで何もしようとしない。３日目の朝、この日出来たか確認した。<br />　「少し時間が掛かっても良いですか。年なのもので、手が動かない。」<br />　「何を言っているのですか。こんな簡単なもの早くしてください。仕事は次々あるのです。帰りまでに出来たところまでで良いので私のところに持って来てください。」<br />　管理者が打ち合わせに来た。そ終えたところで<br />　「横田さんが、社長に最初の面談でパソコン操作が出来ないと言ったと言っていましたよ。今、社員のＩさんが教えながら作成しています。」<br />　「最初出来ないと言ったって。戻ったら直ぐ来るように言ってくれ。嘘をつく奴は辞めてもらう外ない。どうして手伝う。出来るか出来ないかチェックしているのに。」<br />　直ぐには来なかった。自分の定時である４時になって、社員のＩが作った筈なのに、ＦＤを差し出して、<br />　「出来栄えが良くないかも知れませんが、一応目を通して下さい。」<br />　あくまでも私の前では、出来ないとはひと言も言わない。この日も、当社の社員やアルバイトを捕まえて教えて下さいと拝み倒していたようだ。誰も相手にしなかった。何故なら、私が一人一人紹介した時にも、<br />　「パソコンで書類作成や計算を教えてくれるので、みんなでお願いして下さい。そして教えて貰って下さい。」<br />　と言うと、ニコニコ笑って一緒にしましょうねと答え、社員はお願いしますと喜んでいた。余りの嘘に、みんな怒っていた。しかし、私の前ではまだシラを切っていた。<br />　「パソコンは出来るのですか。私に面談で出来ないと言ったと言っているようですが、それはどういうことですか。」<br />　「ハイ、面接の時に研修で３ヶ月練習しただけで・・・」<br />　「何を言っているのだ。そんな具体的な話を私は聞いていない。出来ないのに、どうしてみんなに紹介した時も、書類をお願いした時も出来ないと言わないんだ。貴方の書いたスキルに、ワード・エクセル各種ソフトを活用して事務全般を処理出来ますとある。」<br />　何か言い掛けたが、もう一度その文を読んだ。<br />　「済みません。いかような処置も受けます。」<br />　と、泣き顔になって頭を下げた。<br />こんな年齢になっても、嘘を付くこの地域の根性。当社はその為に、１８万円もの希少価値のあるパソコンを購入して、息子がわざわざ大宮から出張して来てセットアップをした。そんなことなど何も考えないのだろう。<br />「ハローワークで、出来なくても出来ると言いなさいと言われて、入ってしまえばこちらのものですと指導を受けました。」<br />こんな婆さんに騙される。これまでの、私の会社勤めの人生の中でこんなバカバカしい情けない思いは初めてだ。自分をこのレベルまで下げて我慢するか、自分のレベルに持って行く努力をするか。その選択の岐路に立たされた。社員教育をして果たしてこの業界に入って来る者のレベルが上がるのか。<br />この頃から、社員教育の重要性を感じ始めた。これまでの会社では新入社員はある一定のレベルを持って入社して来た。つまり、偏差値５０と考えると、６０まで持って行くのはある程度の努力で済む。しかし、偏差値２５だと、基礎が全く無い。無いからあるように見せかけたり、騙したりして表面だけ繕う。そのように考えると、基礎教育に５年は要する。使える人材になるには１０年計画が必要に成る。１０年経っても人材として活躍して貰う為には２０代か３０代前半の、性格が良い素直で優しい人材が必要となる。性格は直せないし、表面で飾られると見抜くまでに時間が掛かるのでロスを考えると必要人材の倍の人材は必要となる。歩留まりは５０％だ。<br />]]></description>
			<pubDate>Tue, 08 May 2012 06:00:00 +0900</pubDate>
		</item>

		<item>
			<title>トップハート物語（５３６）立志伝昇竜編 (12/05/07)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。この日から２名の社員候補を採用し、業務に移った。二人共、予定時間をかなり早めて出勤した。９時までに席の配置換えをする事にしたが、管理者が早く来て終えてしまっていた。<br />　採用者の一人は還暦に近かったが、長年経理や総務など経験し、あらゆる事務に精通していると言っていた。特に<br />「経理や財務は任せておいて下さい。」<br />ということだった。<br />　特に、頼りになると感じたのは、ワード・エクセルや各種ソフトを活用して事務全般をこなすとの紹介だった。雇用能力開発機構の紹介だったので、期待も大きかった。だから、値切って１８万円もするパソコンを購入して、先日長男に埼玉から来て貰って設置した。<br />　舞台は出来上がったので、後は実行してもらうだけ。やっと書類の作成などの業務から解放される。その思いは私を開放感に浸した。<br />　この日の為に、ヘルパーさんの給与計算を残しておいたので早速実施してもらった。簡単な説明をして、後処理のパソコンでの対応を説明させる為に、智子さんをその女性に付けた。<br />　それから数時間が経過したが、智子さんはその部屋から戻って来ない。昼食の言葉を掛けようと、様子を見に行った。熱心に説明をしている。一旦辞めさせて、智子さんと昼食をした。智子さんが、怖い話をした。<br />　「あの人本当にパソコンが出来るのですか。」<br />　「どうして。」<br />　「だって、カーソルはどうやって動かすのですかと聞かれました。入力は遅いと思いますとか、これから色々教えて下さいとか言って、全くパソコンには触りませんでした。」<br />　「本当か、又騙されたと笑われるか。どうして直ぐ分かる嘘をつくのだろう。」<br />　「ソフトがあれば出来るとか言っていました。」<br />　「色々な文章を作るのに、ソフトなんてある訳がない。辞めて貰わないといけないな。」<br />　「まだ、はっきり分かりません。出来ることがあるかも知れないのでもう少し様子を見ましょう。でも、動くのが嫌みたいで入金に行く事も何だかんだ言って拒否していました。」<br />　「とりあえず、明日簡単な文章を依頼してテストしてみるよ。」<br />　本当のババを掴んだようだ。<br />でも最近はその様なことは慣れて来て、２ヶ月で３名採用したが、最初の男性は実績が実現して入金された時点で、その何パーセントか支払う契約。この２名は、２ヶ月間アルバイトとして使用し、その結果をみて正式に採用する条件だ。<br />　もう一人の大人しそうな、真面目そうな若い女性は、あたりだったようだ。多くを語らないが、これから育って行く楽しみがある。<br />　地元一の名門高校を出て、名門女子大を卒業。何となく線が細いような感じがしたが、芯が強そうで話を聞いていても確かに賢い。直ぐものを覚えるので、きっとものになるような気がする。<br />　早速、行政への同行、週間予定の打ち込みなど依頼した。責任感も強くてまだ仕事が終って居ないと、終了時刻になっても帰らない。最後には、<br />　「仕事らしい仕事が出来なくて、申し訳ありませんでした。」<br />　と、言って帰った。家は近所で、バイク通勤だ。企画を中心に事務関係を経験しているが、その能力と経験を早く生かせるように育てば良いと思っている。来月から、サービス提供責任者に選任する予定だ。<br />　支援費関係の責任者が、援助に逃げているが、計画したガイドヘルパーの講習を実現する為に厳しく指示をしてやっと軌道に乗りそうだ。その実現がないと、彼の収入がない。今、３０００円しか所持金がないと言うので、情が移って前貸しをしようと思ったが言葉を飲み込んだ。<br />　その思いが、今までこの地で失敗している基となっている。その失敗さえなければ、もっとうまく行っているのだろう。<br />]]></description>
			<pubDate>Mon, 07 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
		</item>

		<item>
			<title>トップハート物語（５３５）立志伝昇竜編 (12/05/06)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。ある利用者に、毎日誰かが入って担当していたが、明日の日曜日は誰も彼も連休で居なくなる。気難しい利用者で、新顔ではなく何とかスムーズにこの日を埋めたいと願って、いつも入っている他社にも登録しているヘルパーさんに依頼した。１日３回の内、日曜日も昼間の３時間半だけ担当出来るという事で、金曜日に同行させた。<br />　埼玉から、日曜日は本当に大丈夫かと、智子さんに連絡を取らせたが全く通話が出来ない状態だという。夜やっと連絡が取れて、その返事を聞いて唖然とした。<br />　「日曜日は毎週対応する事が出来ないので、利用者に悪いのでお断りしたいと思っています、と言っています。」<br />　明日あるのにそれも前夜に、そしてこちらから電話してその返事。<br />　「予定が入って居るし、担当者がその積もりでみんな休暇に入って居るので明日だけでもお願いしますと依頼して下さい。」<br />　と、間に入って居る智子さんにお願いした。その返事は、<br />　「紹介の仕方が、私が代わりに入ることについて何も言ってくれなかったし、日曜日のケアについて何も教えてくれなかった。後日お話をしたいと言っています。」<br />　「もう分かった。やる気が無いのにいくら話しても、お互いに言い合いになるだけだ。もう止めよう。管理者に言って誰かにお願いするように。」<br />　と言ったが、普段余り自分の考えを言わない大人しい智子さんが何か言いたそうに無言の抵抗をした。<br />　「分かった？」<br />と、再度念押しをした。<br />　「でも、おかしいです。彼女の言うことを聞いて、私は納得しました。」<br />　「どんなこと？」<br />　「帰って来たらお話します。今はうまく言えない。」<br />　帰って来てその事が気に掛かっていたので、一番に確認した。<br />　「彼女は、一生懸命だったのですが引継ぎもきちっとしてくれないし、情報が全く無い。ターミナルという事も知らなかったし、同行してくれた人が何も教えてくれない。聞いたことだけは、最低限の返事で答えてくれるだけ。あの人が教えたヘルパーさんは、みんなが嫌になると思います。利用者に対して、紹介を勉強に来ましたと言っているのはおかしいです。」<br />　「分かった。最近はうちの者も意地が悪いからな。とにかく、色々指摘を受けてもっともな事が多く有った。他の人に聞かないと気が付かないことがある。本当に有難う御座いましたと返事して置いて下さい。」<br />　「分かりました。気まずくなってこれからの研修どうしようかと思っていましたが、今度の授業も一緒に行こうと言ってくれたので安心しました。もう仕事も依頼することも無いですね。うちに来ることも無いですね。」<br />　残念そうに何度も確認していた。市の事業所で働いているので、連続する会議と書類の山で大変だという。民間とは大きく違っているのは、時は金なりという意識だ。<br />　夕方、支援費責任者が憤慨して電話をして来た。<br />　「前任者が、利用者の計画票をみんな消し去った。口頭で説明したから何も要らないと言って、日曜日に消し去った。実績については、パスワードを設定して開けないようにした。本当にえげつない。」<br />　何があろうと、もう驚かない。この地の人間のすることは、その程度だ。恥というものを知らな過ぎる。<br />　今日から新人が、新規の利用者に入った。他の事業所が、何人も代わってついに人が居なくなった。ケアマネが当社を選んだが、その代わった理由が分からない。利用者のクレームで代わったというが、毎日の内、３日間は今までの事業者だ。<br />　利用者に問題があるのではと、ケアマネジャーに何度も連絡をしたが、電話に出ない。有能そうなヘルパーさんなので、何とかうまくスタートさせたいと願っている。<br />　夜、長男が京都から来た。パソコンを設置して貰うのが主だが、机や椅子が届いてそれも組み立てて貰うことにした。<br />　まず、パソコンを購入した。新聞に載っているインターネットで頼む機種にしようと思っていたが、２週間も掛かると聞いて、間に合わないので購入しに行った。安くして貰ったが１８万円もした。<br />　現在社内にあるパソコンは、全部私個人で購入したものだ。<br />長男が、昨夜到着してパソコン購入の後、簡単に設置をして昨夜は終った。翌朝は、私自身通院介助の業務があるので長男を事務所に置いたままで、外で仕事をした。<br />　支援費の前責任者が、新責任者を困らせようと、祝日にパソコンを出来る者を連れて来て１０月分の個人別計画票をパソコンから消し去って、９月分実績を使えないように、パスワードを入れてロックしたという。笑ってしまった。この程度がこの地の人間のやる事だ。みんな辞める時同じことをして行く。<br />　しかし、長男が出来るだけ多くの簡易的なソフトを作製してくれ、既に試験的に一人の利用者に使い出しているので、別になくても困らないが、過去のデータや現時点の計画が分からないと動きが取れない。本当に往生際が悪い奴だ。<br />　本社サービス提供責任者が同時に２名退職する。その後釜を鋭意努力しても、中々見出す事が出来なかった。あらゆる媒体を通じて、努力したが余り時間を置く訳には行かないので、とりあえず異動により補充することとした。<br />　１週間ほど前に公立の１級訪問介護員養成機関に求人依頼を出していた。何の連絡も無く、去年と同じなしのつぶてかと諦めていた。<br />　朝、何にも名乗らない電話があった。事業所ブランド名を名乗ると、間違いましたと切ってしまった。余り気に掛けないでいると、１時間後同じ番号の電話が鳴った。今度は私個人の名前を確認して来た。<br />　初めて、その公立機関の名前を言ったので、ピンと来た。直ぐ今日の面談となった。私が間違えた住所を言ったようで、少し遅れたが何とか面談にこぎ付けた。<br />　３０代前半の女性で、名門と言われる短大を卒業。メーカーで企画などの１０年事務系業務を経験したあと、福祉系に。清楚で素直そうな感じの人で、現在、障害者施設でボランティアに時間を費やしているという。<br />　全く業務には精通していないが、これから教育する機会を得て、育て甲斐があると見えるので、余りの時間的良いタイミングに驚いた。早速、明日から出勤してくれるという事で、先日の雇用能力開発機構からの経理の方と合わせて、本当に人を得たという気持ちだ、いまのところ。<br />　新支援費責任者が、ある利用者を中心に援助に入って居る。それも長時間。その利用者には１日１８時間近く対応しているが、そのほとんど時間を彼が対応している。お陰で、ガイドヘルパー講習や、変更申請などの書類関係が全く疎かになっている。<br />　夜８時に、一旦事務所に戻った頃を見計らって打ち合わせをした。指示した内容をもう一度吟味したが、全く進行していない。大事な部分について、行われてなく行政からも指摘を受けた部分がある。<br />　行政と言えば、この日は多くの時間を関わっていた。朝一番に、当社と施設側と調整してうまく行かず、行政の判断を仰ぐ場面があった。<br />　全身性障害者の利用者が、ショートステイ、デイサービスを活用する希望が有るが、団地のエレベータが無いところで、その階段を降ろすのは誰かということだ。私がいない時に両者で結論を出したが、当社が男性を出して協力すると。<br />　その内容に私はクレームをつけた。問題の無い時は、協力することは良いがひとたび事故が起きた時はどうするのか。施設が居宅から居宅への基本原則があるのに、当社が手を出して責任だけを受ける必要性はない。そこで、市を飛び越えて上級官庁に問い合わせた。<br />　「居宅事業所がデイサービス等の準備との位置付け、必要箇所まで移動を実施しては如何ですか。勿論、階段については２名派遣でないと降りられないので、例え短時間でも２名派遣が、計画の２時間全体に及ぶのは市に説明すれば理解してくれると思います。私の名前を出しても結構です。」<br />　とのことだった。<br />　午後、市の方へ出掛けた。困った障害者の処置がまだ決まらない。その最終調整がやっとあった。結局、身体介護が市の希望に沿って当初計画の４０時間の２．５倍に抑えた。若干出る分は、私の８時間を削って調整することにした。家事援助は計画を３時間ほど上回っていたので、変更がないように実績を削って欲しいと言うので、了解した。移動介護はそのまま。<br />　事務所に戻って実際のデータを、市の言うように作り直した。正式のデータを保存しようかどうか迷った。<br />　市側との打ち合わせの最中に、その施設との問題の話が出た。<br />　「施設と１名ずつ協力して対応すれば、２名派遣など必要ないと思います。」<br />　「別に協力するのはやぶさかではない。事故時の責任の所在を明確にして欲しい。」<br />　「両方で折半としたらどうですか。」<br />　「そんなうまく行く訳がない。必ず、どちらがどうしたと責任の押し付けになってしまう。ハッキリした明文化をして欲しい。それがない限り、当社は対応出来ない。」<br />　無責任な言葉が多過ぎる。 ]]></description>
			<pubDate>Sun, 06 May 2012 06:00:00 +0900</pubDate>
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			<title>トップハート物語（５３４）立志伝昇竜編 (12/05/05)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。久々に朝は大宮の自宅に居ても、いつものように５時台に目が覚めた。暫く布団の中に居たが、目が冴えてしまったので新聞を取りに行った。玄関前の駐車場に車が無かったので、次男は帰って来なかったようだ。<br />　妻もすかさず起きて、階下に降りて来た。本当は、新聞を読み終えるまでゆっくり眠っていて欲しかった。話題が溜まっているのか、友達のヘルパーさんや近所に居た人が家を新築して引っ越して行ったことなどを話していた。<br />　今月末に、遠く岡山へ帰ってしまう友達と北海道旅行へ行くという。東京在住の叔母が、近所の団地に越して来るのは今月３０日。それが終ったら、この部屋に来るという。暫く泊まって行くと言っていた。<br />　ショッキングな話は、お隣の旦那さんがまた入院されてもう自宅には戻って来れないと、奥さんが言っていたという。遺伝性の風土病だという。ご主人の出身地にしかない病気で、親も兄弟も同じ病気で若くして亡くなっているという。<br />　妻が奥さんに、<br />　「大変なことで、精神的にまいったでしょう。」<br />　と聞いたら、<br />　「慣れるものよ。」<br />　と答えたという。<br />　反対側のご主人も、４０代の若さで亡くなっている。両隣とも都市銀行に勤務していた。その間に居を構えている私は、証券会社で今はほとんど大宮に住んでいない。ついに、３軒並んで未亡人になる、寄ると言っているようだ。<br />　８時過ぎに次男が帰って来た。直ぐに寝たが、１０時に起きて貰い駅まで送って貰った。駅まで車でほんの数分だが宇都宮線が踏切事故で運休していた。高崎線の駅まで送って貰った。<br />　新車のオレンジ色のデミオ、子供の車で送ってもらう小さな幸せを感じていた。長男は、京都旅行の後、数日後に休みを取って会社に来てくれる。パソコン設置とソフト作成の仕事をしてくれる。２人の成長が楽しみだ。<br />　妻は、本当に金銭に厳しい感覚を持っている。元々、同じ会社に居て彼女は経理をしていた。細かいのは面倒臭いが、まあ、私のようにどんぶり勘定のザル経営では問題もある。<br />　帰りの新幹線の車内では、少し眠り、少し本を読み、来る時に車中で行っていたヘルパーさんの給与の残りを計算した。売上増加に伴って、人件費も増えているのは当り前。<br />　早々と４時前には守口の万年床のマンションに戻って来た。事務所へ行こうと思ったが、大宮の家を出る時に自分で作って来た弁当を食べたらその気が起らなかった。<br />　行く時新大阪で、困った障害者からの電話を受けた。何しろ先月は、手が動かないので食事介助をして欲しい、失敗をしたのでお願いしますなどと、再三に亘り臨時援助を要請して来た。<br />　その間、病院にも何度も行って市役所へも日参。使用時間の余りの多さに、主治医へ病状確認。<br />　その市役所が確認する前に、私もその総合病院の副院長でもある脳外科の医師に確認した。<br />　「脳が変形してその影響で、唯一の利き手が硬直している。その為の薬を出しました。失禁や漏便については、神経が手の硬直に行って疎かになることは十分考えられます。食事介助などの手厚い援助をして下さい。」<br />　とのことだったが、市役所の担当者の話だと、<br />　「本人の申告に基づいて診断しただけで、診察の結果はその虞が無く、本人の我が儘です。もう少し厳しく対応する必要があるでしょう。」<br />　という事で、臨時の要請と食事介助は断って下さい、との市役所からの指示だった。その結果、今月に入って全く失敗の要請も無く食事も自分で食べている。全くの騙しに遭ったのだ。<br />　その為に、市との時間と業務区分で調整が難航している。全部で１７０時間を使用してしまった。本来は、１００時間だ。その増えたのは身体介護で、移動介護と家事援助は時間通り。私の実施した身体介護８時間を無くして、身体介護を１００時間以内に抑えたいと申出た。<br />　既に、請求の締め切りが過ぎているが市役所の方で結論が出るまで待っている。<br />　市の方の１０月の結論は、日常支援になってしまった。単価が半額以下になってしまった。その為に、最低時間が１時間半となり、そのことで打ち合わせをしたいと連絡が来たのだが、後日にした。<br />　夜８時に、毎日担当している利用者宅から連絡があって、夜のヘルパーさんが来ていないとの事だった。直ぐに管理者に連絡して担当ヘルパーを行かせた。<br />　鍵が閉まっていて入れないし、インターホンを鳴らしても出て来ない。電話を入れても話中で、電話局に問い合わせてみたら受話器が外れているという。<br />　あの時の、悪夢が蘇った。連絡ミスで夜に行かなかった後、早朝に事故が起きたのだ。全く連絡が取れないまま、眠ってしまった。<br />]]></description>
			<pubDate>Sat, 05 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５３３）立志伝昇竜編 (12/05/04)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。土曜日、新大阪駅に９時過ぎに着いた。いつも思うが、自動券売機は誰も居ないのに、緑の窓口は長蛇に列。悠々と切符を買えたのに、何を間違ったか禁煙席を買った積もりが手にした切符は喫煙席。<br />　禁煙席を選ぶ為に、時間を遅らせたのに、喫煙席なら早いのがあった。結局新大阪駅で指定席が取れないために１時間２０分の足止め。３連休の為に行楽客で一杯だった。何が長蛇の列かと思ったら女子トイレだった。<br />　早く出たので、朝食は取っていなかった。大宮でいつものように妻と食事をする予定なので我慢しようと思っていたが、段々空腹を覚えて来た。何か軽いものを買おうと何件かの売店を覗いたりして、「天むす」にしようかと売っていた店に戻った。しかし、売り切れの札が貼ってあった。ほんの数分の間だったのに。「昔ながらのおむすび」を買った。<br />　ところが４個入って居て、また大きくて軽食どころではなかった。２回に分けて食べた。<br />　車内では、何度か眠って日経新聞を読んで静岡を過ぎたあたりからヘルパーさんの給与計算を始めた。半分くらい終わった処で東京着。山手線で上野経由大宮へ。<br />　いつもの、ダイエーと丸井の複合館の間で待ち合わせ。美女と言われた面影を残す自慢の妻と、美男子のカケラも無い私の不釣合いなデート、なんて。<br />　いつものように混んでいる食堂街で、ひと際静かなすし屋。いつもなら並んで待っているがこの日はすんなりと。この日は土曜日で、いつも帰省するのは平日。ランチタイムがないのだ。少々高い。しかし、関西では味わえない美味しさがある。<br />　夜の食材を駅ビルで買った。仙台出身の私は魚さえあればいい。どんな魚でも良いが、この季節はやはり秋刀魚だ。５０円台の安さだ。また、関西に来てからお目にかかったことも無く、従業員に聞いても食べた事が無いと言う「銀ダラ」を買った。皆に食べさせるために。先日も、生き良いイカを手に入れたので塩辛を作ってヘルパーさんにあげた。<br />　自宅に戻った。長男の新車「キューブ」はグレーのオーソドックスだった。次男の購入したオレンジ色と言う「デミオ」はデートで使用中だった。結局、次男は翌日戻って来た。長男は、私と入れ替えに京都へ行ったという。<br />　自宅に戻ると、電話が鳴り続けた。会社からで、大分混乱していると言う。１００キロ以上の利用者のケア、新人派遣の了解を得ようと利用者宅へお願いすると、拒否された挙句キャンセルだと言われ、退職した担当社員を呼び、男性新人２名を連れて行ったという。<br />　長時間の障害者の援助へ向かったが、預かったカギが合わずに入れないという。加えて、先日面談して日曜日に利用者をお願いしたヘルパーさんが急に行かないと言い出した。金曜日の夜に紹介して、日曜日担当のヘルパーさんが安心して長期休暇を取ったのに。紹介の時は車で行ったので道を教えるために電話をしたところ、<br />　「日曜日に行く約束はしていない。」<br />　と言い出したとの連絡。あれほどお願いして時間も言って、朝はダメだが昼間ならという事だったのに。その後電話して来て、<br />　「紹介の仕方が納得出来ない。」<br />　などと言って、私にお話をしたいと連絡があったようなのだが、あれこれ聞いても仕方が無いので、有難う御座いましたとお礼を言って置いて下さい、と打ち切った。<br />　障害者の家族が、当社の対応が気に入らず、そのことについて責任者がどんなことを感じているのか聞きたいと連絡があったとサービス提供責任者が伝えて来た。それも前日言われていたのを忘れていたという事だった。<br />　「あの方は、正常な状態で話をすることは出来ない。出来るだけのことをして、多くの時間を多くの社員が対応してきたことを、当り前のように思っているのかもしれない。私が、気に入らないと言うたびに電話をしていては、あまり良い結果に結びつかない。君達に任せてあるのだから、無理だと思ったら断っても構わない。色んな人に、電話をしまくって皆がバラバラに対応しているので、私は電話しません。」<br />　その様に答えたが、どうしても電話してくれと懇願されたので、断ることを胸に秘めて電話をした。<br />　ところが、丁寧な挨拶と当社の社員と打ち合わせて進めているので、と多くを語らず切った。拍子抜けした。<br />　夕方から、埼玉事業所へ行った。管理者と話をして、責任者と懇談した。意外なことに、問題が山積しているようだ。<br />　ひとつは、この３ヶ月と１０日間新規が全く無く、内部の管理者とサービス提供責任者が全く動かない。ああだこうだと言って、外に出ようとしないで、事務所内で話し込んでいるという。<br />　加えて、新サービス提供責任者が、全く動かないという。挙句に辞めたいと既に２回申出ているという。<br />　業績は、９月は初めて前月よりマイナスだった。<br />]]></description>
			<pubDate>Fri, 04 May 2012 06:00:00 +0900</pubDate>
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		<item>
			<title>トップハート物語（５３２）立志伝昇竜編 (12/05/03)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。朝、突然管理者から電話で予定していたヘルパーさんが病気の為に穴があいたとの連絡で、予定が変更になって私がそこシフトにスライドすることになった。１０時からの通院介助だ。<br />　そこへ、今月支援費管理者となったＫから電話があった。今から利用者宅へ行くと。７時前だった。暫くして、また電話があった。時計を見ると９時前だった。<br />　「Ｆさんのデイサービスへ送り出す準備は終ったのですが、ご本人が行きたがらないので困っています。家族にも連絡しています。」<br />　「誰が連絡しているのか。デイサービスの方に任せて、当社は出ないように。」<br />　「当社の信頼されているサービス手今日責任者に電話に出て貰って説得しています。」<br />　「どうしてそんなことをするのか。当社が説得出来ないから行けなかったと言われる。」<br />　その自宅へ駆けつける。デイ職員と当社の２名が居た。<br />どうして２名居るのか、一体どのような考えで居るのか。あれほど指示したのに相変わらず、当社の職員が家族等と連絡を取っている。<br />　挙句に、その家族にデイサービスに行かなかった時と行く時と２パターン作成するようにと、言われたと言って来た。その場でデイサービスを拒否するのをみて、その対応をするようにとの事だ。余りにも馬鹿化ている。あれほどその家族には注意するように言ったのに、相手の思う壺だ。何故、訪問介護の当社がそのようなことを検討しないといけないのか。<br />　もうひとつ問題になっているのは、デイ及びショートの送迎時点でのサポートだ。その全身性障害者が住んでいるマンションは、数階にひとつエレベーターが止まる構造になっている。その、彼の住居のある階は止まらない。<br />　階段を１階分降りないといけない。その降りる分について、当社がサポート、又は主体になって降ろす様に要請されて、事前打ち合わせに出た当社の者が了解した。<br />　それを私は、<br />　「もし転倒などして事故を起こしたらどうするのか。誰が責任を取るのか。玄関から玄関へが彼らの仕事だ。それなのに、危険部分だけ当社に負わせる。当社が出来ないと言ったら、当社がしないのでデイ、ショートへ行けないと言い出す。自分達の出来ない理由で断ることを、どうして我々の責任になるのか。」<br />　「デイなどは、女性二人で来る事もあって、無理な場合があります。」<br />　「どうしてそれを当社が考えなければならないのか。女性が来ようと男性が来ようと、それはその施設が考えることで当社が考えることではない。」<br />　「実は、事前の打ち合わせで私が了解してしまったのです。」<br />　と責任者が答えた。<br />　「確かに善意として行うことはその時は良い。しかし、一旦事故が起きたらどうするのか。誰が責任を取るのか。当社の業務でないものについて、誰がその保証をするのか。それをハッキリして欲しい。約束したことそれはそれ、施設が出来ないことの理由を、当社が手伝わないからと言えば良い。自分の業務を放棄して、それが通るかどうかさせてみれば良い。危険負担の担保を一筆あればサポートすることで認める。」<br />　そんな裁定を下した。結局彼は当社のヘルパーさんが時間を延ばして対応してくれたので、予定より２時間遅くデイへ向かった。<br />　偶然にも、同じマンションの障害者への通院介助が続いてあった。２時間の予定が１時間延長になってしまった。これ以上長くなると次の予定がこなせなくなる。利用者が延長したことを気にしていたが、大丈夫と答えながら、他のヘルパーを呼んだ。<br />　困った事に、その利用者は同じ障害者の奥さんと出る。しかし、通院は旦那さんだけで介護保険を使用する。奥さんも介護車輌に同乗するので、支援費を使用させて欲しいと以前から言っていた。やっと、渋々了解を得た。<br />　ヘルパーさんに、会う予定の当社講師兼ヘルパーさんで市長候補の方を連れてくるように依頼し、交代した。<br />　食事をしながら、講師依頼とヘルパー依頼をした。送りながら、市役所へ行った。<br />　問題が多い障害者の時間の使用について、９月分の時間内容確定がまだだ。何しろ身体介護だけで計画４０時間が実績１００時間を超えてしまった。その都度報告をしていたので市役所も結論を出せない。休み明けとなって、請求は大幅に遅れる。<br />　その後、新規調査に向かい、事務所へ戻ってヘルパーの人選。実は誰も居なかったが、講習修了者の名簿からその地域の修了者に連絡をして良いヘルパーさんを見つけた！<br />　夜６時半。新人ヘルパーを紹介する為に一旦外出。戻って、管理者とサービス提供責任者とヘルパー派遣調整と問題点の洗い出し。研修担当の宏美さんは、実習関係の調整のため一旦保育所へ子供を受け取りに行き、そのまま子連れで事務所へ。<br />　夜８時から支援費担当責任者と問題点の確認。夜１０時支援費担当者と利用者宅へスケジュール確認へ。<br />　喧騒な雰囲気から抜け出して、一人自室へ戻り食事をする気無く、何時の間にか熟睡。<br />]]></description>
			<pubDate>Thu, 03 May 2012 09:00:00 +0900</pubDate>
		</item>

		<item>
			<title>トップハート物語（５３１）立志伝昇竜編 (12/05/02)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月中旬。夕方、ケアマネジャーから電話があった。明日、利用者が病院を退院して来ることを知らなかったと、突然通院介助を依頼して来た。車輌で、しかも高速を使用し１時間以上掛かる距離だ。しかし、ケアマネジャーの要請でもあるので遣り繰りして了解した。<br />　毎週病院へ行くので、その７時間前後掛かる時間を、ヘルパーさん一人と私が担当している。他の男性ヘルパーを出したり、女性ヘルパー２名に変更したりしたこともあったが、クレームが付いて私が行くことにした。<br />　「私が直接聞いた訳ではないのですが、電話をしてばかりで側に居ない事が多いとクレームが付いているのですが。」<br />　「どういうことでしょうか。２名で行っていますので、私が側に居ない間はヘルパーさんが付いています。」<br />　「いや、何か頼みたい時に誰も居ないと言っています。２人とも電話をしているとかという事はありませんか。」<br />　「２人が同時に電話をして、側を離れるという事はありません。」<br />　「電話を何とか出来ませんか。」<br />　「出来ません。そのために２人行っているのです。私は立場上連絡を受けない訳に行きません。だから、マナーモードにして着信履歴を確認して後からまとめて電話をしています。皆さん、特に利用者は今必要だから電話を掛けて来るのです。それを取らないなんて出来ません。直ぐ対応するのが当社の命です。事このことに関しては、個人の要求を聞く訳に行きません。」<br />　「社長が電話をしに行く時に、ヘルパーさんに頼んで行く事が出来ないのですか。」<br />　「何を言っているのですか。その様にしています。だから２名で行っているのです。長時間電話を取らないでということであれば出来ませんので、他の事業所に依頼して下さい。」<br />　「他の事業所にと言われたら、困るのは利用者です。断られたら困るので、直接言って来ないのです。それでは、他のヘルパーさんにしては如何ですか。」<br />　「変更すると、私はどうしたと私の代わりに対応したヘルパーさんに色んなクレームを付けるので、長時間私が対応しているのです。」<br />　「分かりました。それでは私が説得しますので、他のヘルパーさんをお願いします。」<br />　そうして、私は今日の通院介助を変更した。代わりのヘルパーさんは、先日の市長選挙に出て善戦した候補だ。<br />　夕方から、利用者のお宅に主だったメンバーが集合して打ち合わせをしていた。私はそのことに関知していなかった。なぜなら、その障害者のまだ３０代のお姉さんがかなりのヒステリックで、普段の温厚な性格が一変してしまう事がある。<br />　相手の気持ちを思って色々と対応しても、その時は感謝して涙を流したりしているが、少しでも気に入らないと「おこり」が出てくる。<br />　管理者に連絡事項があったので電話をした。<br />　「今まだ利用者のお宅です。大変な事が起ってしまって。お姉さんが、物凄い剣幕で。」<br />　「どうしたんだ。」<br />　「支援費の責任者に、ひと月のスケジュールを立てるように依頼していたそうですが、全く出来ていなくて今この部屋で立てています。」<br />　「それは支援費関係の責任だから、君は出て来なさい。打ち合わせ事項がある。」<br />　「でも、ホームヘルパーさんのシフトが分からないので、私が抜ける事は無理です。もう暫く掛かります。」<br />　大事なヘルパーさんの面談があった。その約束時間がこの日の６時だった。私が代わりに３０分位面談したが、管理者はまだ帰って来なかった。<br />　結局帰って来たのは、７時過ぎだった。中身の濃い打ち合わせを１時間したが、他のメンバーがまだ帰って来なかった。<br />　打ち合わせ中の責任者から電話が入った。全身性障害者が階段を下りデイサービスに行くのに、担当者がそれを当社がやると承諾したと聞いたので、それはおかしいので断るように私が言ったことについて、打ち合わせ中の担当者から電話があった。<br />　「社長が断るように指示したということですが。」<br />　「指示したとはどういうことですか。指示も何も、居室から居室へがデイサービス事業者の責務でその報酬も得ている。我々ホームヘルパーは関係が無い。もし階段で事故があったら誰が責任を取るのですか。相手事業者が事故を事前に回避しているのです。」<br />　「女性２名で来る事もあるので了解をしてしまったのですが。」<br />　「女性だろうが、男性だろうが当社とは関係が無い。それは、その事業者の考えることでその為に事前調査をしているのです。うちを巻き込まないで欲しい。当社が手伝わないから行けなかった、などと言われたらどうしますか。」<br />　直ぐに返事が来て、<br />　「その様に言うならデイサービスのほうで対応するとのことですが、女性だけの時にはサポートをお願いしますとの事です。」<br />「何度も言うが、サポートなど出来ない。自分達で遣るのが筋だと言いなさい。」<br />]]></description>
			<pubDate>Wed, 02 May 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
		</item>

		<item>
			<title>トップハート物語（５３０）立志伝昇竜編 (12/05/01)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月上旬。給与明細発行時に、私のメッセージをしたためる。Ａ４用紙に１から２枚程度。今回は、本社２名の退職者をどのような理由にしようと頭を悩ませた。どんな理由にしようと、病気と学業が理由の管理者と家庭の事情のサービス提供責任者が同時に退職しようとすることを、第３者はまともに受け取っては呉れないだろう。<br />　プライバシーもあり、すべて公表する訳に行かない。それにしても返す返す残念だ。何とか悩んだ末に、本人の了解を得て実際に理由を副として、主は半年契約の履行をその理由で更新しないとした。加えて、管理者の彼女は４年後大学を卒業して社会福祉士の資格を得た段階で復職、サービス提供責任者の彼は家庭の事情がおさまり次第、復職となるとしたためた。<br />　夜、サービス提供責任者が退職届を持って来た。その届けの他に、手紙を添えていた。社員全員にその手紙を添えて出した。彼の心情を思い、その場は差し控えてこの早朝に開けて読んだ。半年にも満たない在籍だが、本当に貢献しようとした矢先に失うのは、本人も痛いが会社も痛い。<br />　ホームヘルパーとガイドヘルパー登録契約用紙に署名した。退職しても、週３回夜に働きたいと希望があり、縁を切りたくないと彼は願っている。気持ちを切り替えて、前に進む。<br />　朝９時半に面談をした。当社のヘルパーさんが、お友達の愚痴を聞いている間に当社の紹介をして誘って来た。遠い地域でヘルパーとして活動をしている。幸運にも、その地域に当社は多くの利用者が居て対応に苦慮していた。ヘルパーさんが居ないのだ。彼女が来てくれたら嬉しいと思っていた。<br />　面談を始めて、その不満を聞いた。今月から支援費責任者として、当社に来ている彼はその彼女が登録をして働いている会社の元センター長だ。彼からは色々聞いたが、この日のヘルパーさんからはこんなことも聞いた。<br />　一人のケアに身体介護として、３０分単位で何度か入る。巡回型が必要な人ではなく、軽度の人なのだという。また、生活援助も１時間単位で何度か入る。ヘルパーさんはまとめて入りたいのに、こまめに動かされる。移動する割には、総時間が少ない。<br />　よく考えてみると、例えば身体介護を３０分単位で４回入った方がまとめて２時間入るよりはるかに介護報酬を多く得る事が出来る。生活援助も同じ。１時間２回入ったほうが２時間まとめて援助するより報酬はかなり多くなる。何と姑息な考えで運営しているのだろうか。<br />　色んな利用者やヘルパーさんが名指しで、<br />　「あそこは最低だ。最悪な事業所だ。」<br />　と言うのを聞いいていた。<br />　現在２０ケースくらい担当していると言う。資格を取るのに、その会社から紹介されて系列の専門学校へ行った。一部負担をして残りはその会社持ちだという。確約書で１０００時間働かないといけないように書かされたと言う。だから、一生懸命働いていると言う。そんなお礼奉公は、看護師さんの例があるように、時代遅れの違法行為ではないのか。<br />　会社から１級も勧められたが、考え付かないくらいの時間数を働くように示されて、断ったと言う。今日わざわざ来てくれたので、当社の仕事を話させてもらい、登録した。近々、その事業所を辞めて当社に来たいと言う。<br />　ヘルパーさんの親が介護認定を受けて福祉用具を購入したいと、以前相談があった。業界最大手が当社の最大の取引相手なので、その会社を紹介した。ケアマネジャーに相談しても１社だけの紹介で、買取だけを進められてそれ以上のことは出来ないと断られた。<br />　「紹介してくれた会社は、カタログも凄く種類も一杯あるし、見本も持って来てくれて車椅子にも乗せてくれた。ケアマネジャーの紹介してくれた会社はカタログだけで、見たら返して暮れと言う。」<br />　と言って、紹介してくれたことを感謝していた。<br />そして、その会社の営業員が当社の木目の細かい対応を感心していたと告げてくれた。評判が良いですよと言われると、有頂天になる。<br />　午後面談。就職支援会社からの面談だったが、余り芳しくない。大手文房具営業会社一筋でヘルパーの資格を保持している。当社の行っていない、福祉用具の企画営業をしたいと言う。何度当社は福祉用具を扱っていないと言っても、同じことを繰り返す。<br />　その求職者がハローワークの委託でヘルパー２級の資格を取得した時の話では、男性を受け入れるところがないので同行訪問は無かったという。そんな馬鹿な。我々のような小規模事業所なら大変な問題となるのだが、国の委託を受けているとどんなことでも許される。結果的に、一旦採用を断ったが後日運転をしてくれる男性を求めて採用することとなったのだ。「イケっち」と呼ばれて暫く在籍していた男性だ。<br />　委託と言えば、先日来短期大学の延１００人に亘る同行訪問に続いて、毎月講習を開講している養成校から突然同行訪問の依頼を受けた。快く了承した。というのは、当社の講習で他社の補講が必要となったので、どこか探していた。毎月実施しているなら好都合だ。<br />]]></description>
			<pubDate>Tue, 01 May 2012 06:00:00 +0900</pubDate>
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			<title>トップハート物語（５２９）立志伝昇竜編 (12/04/30)</title>
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			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月上旬。朝の通院介助は本当に早かった。それはそうだ、来なくても良いと言われているのに病院へ行きたがる高齢者。この日は眼科だったが、耳鼻咽喉科も来なくていいと断られても、断られても、行く。内科は月に２回だから、何とか受け入れてくれる。点滴のクリニックは毎日で、そこは喜んで受け入れてくれる。泌尿器科は、流石に最近行かなくなった。歯科は、一旦止まったが、このところ夕方たびたび行くようになった。<br />　１０時半には事務所へ戻って来た。講習担当が頭を抱えていた。施設実習の予定を何度も打ち合わせしたのに、急に無理と言われた日にちが浮上したのだ。１０人程度の人数がそのラインに引っ掛かるのだ。<br />　その近くの施設に影響が強い当社の講師も務めている、ボランティア団体の長に電話で仲介を依頼。了解を貰い、早速打ち合わせに出掛けさせた。<br />　ガイドヘルパー講習担当者が、私の部屋に来た。午後から打ち合わせの予定なのに、強引な奴だ。支援費も任せて、ガイドヘルパーも任せた中途採用の奴だ。手百貨店で外商をしていただけのことはある。<br />　しかし、仕事が遅い。もう打ち合わせをして１０日になる。やっとこの日になって動いた。何故なら、行政に対しての申請予約が翌日だからだ。何の書類も作っていない。あれほど何度も指示しての動きだ。今回は初めてなので、私があれこれと指示をしたが、次回からは自主的に実施してもらう。<br />　まず、講師の関係が全く整備されていない。必要資格を確認しながら、電話で講師依頼をした。当社の社員は勿論、先日市長選に立った人権啓発担当を押さえ、埋められないものについては、専門学校講師を紹介してもらった。<br />　その紹介相手先が、同じ養成校仲間。先日、延１００名にも及ぶ実習生を受け入れた。その縁で、色んなお願いをしたりされたり。<br />　ガイドヘルパー研修の問題は、課外実習だ。公共交通機関を使用して実施するので、その実習先の電車、バス会社の承諾書が必要になる。翌日が提出日なのに、即日承諾書を貰えるなんて、組織で決済を受けるのに無理と思われた。<br />　ところが遠くの本社に伺った担当者から、<br />　「今本社の了解が出て、明日午前１１時に営業所長名で承諾書に印を押すそうです。」<br />　どうやら間に合った。視覚障害者、全身性障害者の移動介護を１１月半ばから実施出来そうだ。<br />　午後１２時半になっていた。自宅に戻り昼食を摂って、１時からの面談をしようと思っていた。しかし、出ようと準備をしていたら面談者が来た。<br />　雇用能力開発機構を通じて探したら、偶然にも丁度近所に必要な人材が居た。経理、総務など全般ＯＫ。<br />　話を聞いていて、かなり出来ると感じた。自信満々。経理を３０年近くしていた。その一部、<br />　「これから年末調整が始るのですが、当社はヘルパーを加えて２００人以上の処理をしないといけないのですが、税理事務所から３０万円のソフト購入と、打ち込みを一人２０００円合計４０万円掛かる。加えて、月１万５千円の支払いを受けたいとの申し出がある。」<br />　「そんな馬鹿な。８万くらいの会計ソフトがあり、決算まで出来ますのでそれを購入されたら如何ですか。もう年末調整の書類が来ている筈なのですが、こちらに来ていなければ税理士事務所に来ています。打ち合わせをさせて貰って良いですか。」<br />　そんな調子で、パソコンもワード・エクセル等ＯＫで、各種書類なども作って色々整備したいと申し出があった。<br />　これからは少しは楽が出来ると思って、嬉しかった。相手もこの歳で事務ができるとはと大いに喜んでいた。１５日から来てくれることになったが、困った事に、現在当社と親交がある施設の介護職員として働いている。<br />これが、とんでもない無能な人材とはこの時点では気付かなかった。彼女の為に高価なパソコンを購入して準備していた。これを手始めに、無能な人材を次々掴む私の採用人生が始まる。<br />　やっと食事が取れると思ったところへ、ケアマネジャーから電話があった。<br />　「新規のお願いなのですが、週４回１時間半の身体介護をお願いします。」<br />　明日からだということで、とりあえず調査にお邪魔することにした。電話番号を聞き、何度も電話を入れたが全く出ない。再度ケアマネに確認したが、間違いが無いという。直ぐ出て、住所を頼りに探し出して電話番号を確認した。全く違った番号だった。<br />　そのケアマネは、いつも大きく違った連絡をして来るが、嬉しい仕事を多く紹介して頂けるので我慢。車椅子での通院介助だった。医師の指示で、昏倒する可能性があるので離れないようにとのことだった。<br />　やっと探していたサービス提供責任者にと勝手に予定していた、行方不明の彼から電話があった。しかし、病院の相談員をしているという。脈は薄い。<br />　夜にやはりサービス提供責任者に勝手に予定していた、近所の施設勤務者を待っていたが、約束の登録をしに来なかった。遅く８時になってから、今から行くと言われても困るので、断った。<br />　９時近くになってから、デイサービスから４名の職員紹介依頼があった。うちも大変な時期に、と思ったが出来る事はしてあげたいと多くのヘルパーさんの空き時間を利用した派遣を検討した。<br />]]></description>
			<pubDate>Mon, 30 Apr 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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			<title>トップハート物語（５２８）立志伝昇竜編 (12/04/29)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月上旬。曖昧な形で今まで来たが、結論を口外した。本社管理者及びサービス提供責任者２名の、退職願の取扱いについて。まだ出されては居ないが、口頭での申告があった。<br />　３１歳、介護福祉士Ｋ。彼は、家庭の事情でついに落城。余りにも遅い帰宅の繰り返しと、泊まり掛けの勤務に奥さんが疑心暗鬼となり実家へ帰ること数度。何度業務事情を説明説得しても、その都度実家へ帰った。退職願を出すことを条件に、奥さんは現在自宅に戻っている。<br />　先月末までと条件を付けられていたようだが、１０日延ばすのがやっと。先日退職願を出すことを私から指示した。まだ踏ん切りが付かず出されていない。<br />　それどころか、この日病院から退院して来た障害者のキーパーソンとなっていて、家族からも信頼され、デイサービス・ショートステイの事前調査にも立ち会っている。そして、私も彼と家族の間に無理して介入せず当人同士の自主的解決に任せているが、辞めることを誰にもひと言も言って居ない。<br />　また、辞めたあとのスケジュールの中にしっかりと自分で作成するシフトに自分の名前がしっかりと入って居る。自分がまだ障害者に関わりたい、辞めたあとも登録したいと申出ている。好きな仕事から離れたくないと強く願っている。<br />　願っていても、彼の思いが奥さんに通じないことには我々として、どうしようもない。この日の社員会議での、皆の意見は<br />　「一旦完全に離れて、奥さんの理解を得てから戻るべき。」<br />　との意見が大半を占めた。<br />　もう一人。３６歳、介護福祉士女性の切れ者で大手介護専門学校を立ち上げたメンバーの一人だった。本社管理責任者兼サービス提供責任者。人事・総務・財務・経営管理・教務などの要職を創立以来大手専門学校で実践した逸材。<br />　就任早々事務所に宿泊しながら前任者の出鱈目な処理を修復。外部はもとより、ヘルパーさんの掌握も十二分にしていた。しかし、持病が再発。吐き気や発熱と戦いながら、性も根も尽き退職を決意。２ヶ月前に申し出。<br />　その取扱いに苦慮して、何とか残れる道を模索していた。しかし、体調が万全でないのに無理をさせるわけには行かず、あれこれ考えたが受け入れることにした。<br />　ただ、彼女も事務所近くに引っ越して来るとの決意もあっただけに、その気持ちの変化を辿ってみると、支援費関係の前責任者ガマの度重なる責任を追及する発言があったと後から聞いた。<br />　その責任追及とは、ガマの勝手な思い込みがあり私の許可を得ないで行った越権行為だった。<br />　サービス提供責任者の彼に対して行った、執拗に繰り返す追求を家族に話したために、彼の家族は当社に不信を抱いた。<br />　最悪の１０月になりそうだ。今までもあらゆる手立てを使って、新人を確保すべく本社建て直しに躍起となっていたが、中々うまく行かない。<br />　しかし、会社の都合で勝手に留めるわけにも行かず、この日の社員会議で結論を得た。<br />　私が居る事業所の管理者菊ちゃんを、本社に異動。サービス提供責任者を兼任。私が、もう一人のサービス提供責任者とともに守口を担当することになった。<br />　加えて、本社諸業務をこの事業所に持って来て、新たな管理者の仕事を軽くしてあげることにした。重要な経理処理を私が自宅でする事にした。<br />　今日面談で、新人を採用する方向で検討している。雇用能力開発機構から紹介を得て、ヘルパー資格を有しながら経理の決算業務や年末調整などの仕事が出来る人物だという触れ込みだ。<br />　もう一人は、施設系で３年以上の実務経験を有し、あらゆることに挑戦したいと意欲を持っているヘルパーさんで、先日面談をした。何とか説得を試みたが、現在、施設推薦で１級を勉強し始めているので、どうしたらよいか悩んでいる。<br />　今日２名の面談の後、就職支援会社からの紹介で水曜日に１名面談。<br />　しかし、何れも本社責任者の地位に相応しいとは思われない。一人白羽の矢を立てている人物が居る。その連絡先を探しているのだが見当たらない。<br />　彼は３０代後半。実は奇妙な縁だった。私には仙台時代から、お世話になっている大事な鈴木先輩が居る。その先輩は、東京のイトキンに在籍していた事がある。<br />　あるとき、この大阪に来てある大手介護事業所の課長を紹介された。話の中で、東京に居たことを聞いたがそのアパレルという業種を聞き、先輩が同じアパレルのイトキンに居ることを言った。その会社の名前を聞いて、<br />「その先輩とはなんという名前ですか。」<br />と聞いて来た。<br />「どうしてですか。」<br />「実は、私もその会社に居たんです。東京に。」<br />「本当ですか、鈴木○○ですが。」<br />　鈴木先輩だという名前を聞いて、<br />「私も大変お世話になった人だ。」<br />と言った。本当に驚いた。鈴木先輩は、本当にどこに居ても人脈を残している。<br />　それから親しく話をしたが、それ程気をとめて居た訳ではなかった。配属が変わって営業に来たが、一度会っただけで１年が過ぎた。その彼を思いだして会社に電話したが、退職したとの返事だった。<br />途方に暮れて、仙台の先輩に電話すること数度。やっと、連絡先を知る方を捕まえて話をしてくれるという。果たしてどうなるだろうか<br />]]></description>
			<pubDate>Sun, 29 Apr 2012 06:00:00 +0900</pubDate>
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			<title>トップハート物語（５２７）立志伝昇竜編 (12/04/28)</title>
			<link>http://www.top-heart.co.jp/</link>
			<description><![CDATA[２００３年（平成１５年）１０月初旬。約束が９時半なのに、新たな支援費責任者となった元大手介護センター長に、人材の紹介をお願いしていた。この日は、二種免許を持っているという事で通院介助用の運転手として紹介を受けることになっていた。<br />　当社も乗降介助の加算指定を受けているので、その依頼と調整で多くの時間を取られて苦しんでいる。その割には、収益は悪い。本当のサービスの積もりで実施している。<br />　紹介を受ける彼の事前の希望を伝え聞いたが、最低２０万円の保証と家を買いたいのでローンを組む為の社員として欲しいとのことだった。<br />　最初の方で、話が止まってしまった。<br />　「現在は、その事業所でどのような待遇を受けていますか。」<br />　「透析の人などの通院を行っています。」<br />　「１件いくらですか。」<br />　「８００円です。」<br />　「それは高い。当社は無理です。それでは、成り立たないでしょう。１，０００円入って来て８００円払ったら。」<br />　「いや、ヘルパーを乗せて身体介護で１時間つけます。」<br />　「そんな遠いところですか。」<br />　「いや１０分くらいです。」<br />　「それでどうして１時間つけるのですか。」<br />　「難しいことは分かりませんが、当社にケアマネが居ますから。ヘルパーも８００円です。１時間１，６００円ですが運転手と折半です。」<br />　「身体介護は取れないでしょう。他の会社がどうやっているのか知ったことではないが、当社で同じ条件は無理です。」<br />　ほとんどこんな話をしただけで、後は電話などで忙殺されて中途半端で話が終った。<br />　それにしても、今年上場したという関西最大手の企業が、先日元センター長に聞いたが、「当日キャンセルも行ったことにして介護報酬を受けるようにするのが方針だ」<br />とか、<br />「透析の患者を送るだけで３０分未満なのに１時間の身体介護の報酬を受けている」<br />とか、信じられない。<br />大手だとか社協だとか、遣りたい放題だ。いつも犠牲は小規模ばかり。<br />　暫く机の上にある資料を整理した。管理責任者が顔を出した。いつも日曜日は休みなのに珍しいことだ。<br />　ケアマネから請求内容が間違っていると連絡があった。<br />　「身体介護が３と４が連続している、これはいいのでしょうか。」<br />　確認すると、生活援助が終った後に通院介助を行ったようだ。訂正の連絡をした。<br />　実績確認中に、提供票の間違いに気付いた。夕方６時からなのに、２５％増しではない。初めて依頼を受けたケアプランセンターで、勿論新規の利用者。朝夕担当しているが、点数オーバーするということで１週間に１回はオフ。<br />　管理者に電話して、これからの事もあるので取り合えず相談して、穏便に済ますように指示。何しろ点数ぴったりのケアプラン。２５日間身体介護１で２５％増しだと１５，０００円程度自己負担になる。<br />　ガイドヘルパーさんから電話があり、新人のガイドヘルパーの紹介をして登録させて欲しいという。<br />　「今度辞めた責任者に、１０月１日に登録の約束をしていたが、急に辞めるのであることないこと言って登録させてくれなかった。私が、今度Ｙさんに付けないので、代わりがどうしても必要なのでお願いします。彼女も色々言われてお宅に登録したくないと言っていたが、私が説明して登録させることにした。」<br />　全く、前任者は往生際が悪いと言うか、何を言っているのかそんなことして何になるのだろうか。辞める理由を、意見の相違にしてくれというので了解してやった。それを言っているまでは良かったが、どうやらそれでも相手にされないので、禁じ手を使って来たようだ。可哀想な人物だ。<br />　夕方、その仲介に入ったヘルパーさんが来て、契約書など持って帰った。来週から働いて貰う。<br />　新支援費責任者と、ガイドヘルパー講習と支援費ヘルパー調整の打ち合わせをした。月曜日に病院より退院してくる２５０時間の受給量を貰っている利用者の対策を立てていた。それにしても彼は大手企業でもまれていただけに、タフだ。月曜日から事務所に泊まるという。<br />　カリスマ美容師が当社の登録となった。その彼は、月曜日に退院して来る利用者の親族の同窓生。その縁からか、以前からその親族の相談に乗っており、登録の際その為の電話代を請求された。さすが大阪人。その金額３，２００円。勝手にしたのに、どうしてそんなことを言えるのか、いや大阪では常識です。<br />　夜の７時頃にヘルパー講習の仕事を終えて、社員が戻って来た。講師の何割かは社員が賄っており、特に介護技術を担当できるのは嬉しいことだ。後片付けに子供さんを含めて家族４人が応援してくれた。<br />　家族的会社のパターンは出来たのだが、会社としての形は未完成だ。<br />]]></description>
			<pubDate>Sat, 28 Apr 2012 07:00:00 +0900</pubDate>
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